ただ、忘れることも出来なくて。
*
はっ、と飛び起きた。びっしょりと汗をかいていた。
「河野さん?」
「永野先生……」
「大丈夫? つらい? 何か欲しいものある? 水は持ってるよね、他には?」
水はもう温くなっていた。ぱきり、と蓋を開けてこくん、と喉に流した。
「今は要らないので、冷やしてくれませんか」
「わかった」
「ありがとうございます、今何時ですか……」
「もうすぐお昼だよ」
わたしがここに来たのが2時間目。
別に身体はつらくないのにサボっちゃったなあ、とぼんわりと罪悪感を感じる。
「ねえ、河野さん」
「はい」
「泣きながら寝たの?」
「え?」
「目、腫れてる」
ああ、また。
「保冷剤貸すよ、はい」
「ありがとう、ございます」
保健室に常備してあるハンカチに包んで保冷剤を渡される。ひんやりしてて、すごく気持ちよくて、目がじわっと痛んだ。
「泣きたいくらい、悲しいことがあったの?」
悲しいこと。永野先生の言葉は、すん、とわたしの胸に沁みこんだ。
シンプルな言葉だ、悲しいなんて誰にでも言える、誰かが泣いてたらきっとわたしだって言える、言葉。なのに、なんでだろう。
一番それがしっくりくる気がした。
「身体は、つらくないんだって、思ってない?」
当てられてびくっ、と肩を竦めた。
怒られるかな。
「はい……休む必要なんて本当はなかったんです」
「そんなことないよ」
「あります、わたしの悲しいことは2年も前の話なんです、もう振り切って、忘れるべきなんです」
「2年も、抱えてたの?」
「え?」
「2年も、ずっと悲しかったの?」
「…………」
「そんなの、休まなきゃダメだよ、2年も悲しいなんて心だけじゃなくて身体も疲れちゃう。悲しいのは無理矢理消せないけど、時々休まなきゃ」
じわじわ痛んでた目からまた涙が出て沁みる。
「うぅー……」
「保健室」
いつでも来ていいよ、と永野先生は微笑んだ。
からからから…………、とひっそりドアを開ける音がする。
「えりー……ご飯持って来たから一緒に食べん?」
「まえなぁ……」
「えり? どうしたの⁈」
久しぶりに、思い切り泣きたくなって、と呟いたら、いくらでも泣きなよ、とぎゅうっと抱きしめられた。
お昼が終わっても、なんかだるかったから保健室にい続けることにした。
「寝る?」
「寝ません」
さすがに、知ってる。
どこでも、いつでも。
「寝るとフラッシュバックするので」
「そっかー、じゃあ話そうか」
冷えたよー、と水のペットボトルを渡される。また一口飲んだら、少しだけ気が緩んだ。
話そうか、と言いながら先生は何も言わない。話さなくてもいいけど、とか、明らかに話して欲しそうな言葉も言わない。
だから、悲しい話の本質は、今は言わないことにした。
「まえなは、全部知ってて、優しいんです」
「悲しいこと?」
「はい、それで……毎日毎日、目を冷やしてくれる」
「毎日泣いてるの?」
「朝……起きたら泣いてるんです、気がついたら毎日泣きながら寝てる」
「そっか」
「嬉しくって、でもまえなに甘えてる限り忘れられないのもわかってて、でもやめられない」
「甘えたいだけ甘えればいいよ、悲しいのはきっと横原さんもだよ」
「え」
「だって、わたしだったらいつも一緒にいて、毎日慰めてあげられるほど大好きな友達が2年も悲しかったらわたしも悲しいもん」
「でも、まえなに甘えるのやめないと、悲しくなくならないよ……」
「じゃ、一個だけ、なんか進んでみたら?」
「一個?」
「1週間に1回くらいは、自分で冷やそうとしてみるとかさ、何でも、一個」
一個。
「保冷剤に」
変えてもらおう。一歩、自分から悲しみを消してみる。
たくを、忘れて、みたい。
もっとゆっくり寝たい。深く寝たい。切れ切れの眠りはわたしを疲れさせてる気がする。
「えり、帰れる?」
「ねーまえな」
「ん?」
「今日、100均寄っていいかな」
「ん? うん」
「先生、ありがとうございました」
「いえいえ。またね」
「はい」
はっ、と飛び起きた。びっしょりと汗をかいていた。
「河野さん?」
「永野先生……」
「大丈夫? つらい? 何か欲しいものある? 水は持ってるよね、他には?」
水はもう温くなっていた。ぱきり、と蓋を開けてこくん、と喉に流した。
「今は要らないので、冷やしてくれませんか」
「わかった」
「ありがとうございます、今何時ですか……」
「もうすぐお昼だよ」
わたしがここに来たのが2時間目。
別に身体はつらくないのにサボっちゃったなあ、とぼんわりと罪悪感を感じる。
「ねえ、河野さん」
「はい」
「泣きながら寝たの?」
「え?」
「目、腫れてる」
ああ、また。
「保冷剤貸すよ、はい」
「ありがとう、ございます」
保健室に常備してあるハンカチに包んで保冷剤を渡される。ひんやりしてて、すごく気持ちよくて、目がじわっと痛んだ。
「泣きたいくらい、悲しいことがあったの?」
悲しいこと。永野先生の言葉は、すん、とわたしの胸に沁みこんだ。
シンプルな言葉だ、悲しいなんて誰にでも言える、誰かが泣いてたらきっとわたしだって言える、言葉。なのに、なんでだろう。
一番それがしっくりくる気がした。
「身体は、つらくないんだって、思ってない?」
当てられてびくっ、と肩を竦めた。
怒られるかな。
「はい……休む必要なんて本当はなかったんです」
「そんなことないよ」
「あります、わたしの悲しいことは2年も前の話なんです、もう振り切って、忘れるべきなんです」
「2年も、抱えてたの?」
「え?」
「2年も、ずっと悲しかったの?」
「…………」
「そんなの、休まなきゃダメだよ、2年も悲しいなんて心だけじゃなくて身体も疲れちゃう。悲しいのは無理矢理消せないけど、時々休まなきゃ」
じわじわ痛んでた目からまた涙が出て沁みる。
「うぅー……」
「保健室」
いつでも来ていいよ、と永野先生は微笑んだ。
からからから…………、とひっそりドアを開ける音がする。
「えりー……ご飯持って来たから一緒に食べん?」
「まえなぁ……」
「えり? どうしたの⁈」
久しぶりに、思い切り泣きたくなって、と呟いたら、いくらでも泣きなよ、とぎゅうっと抱きしめられた。
お昼が終わっても、なんかだるかったから保健室にい続けることにした。
「寝る?」
「寝ません」
さすがに、知ってる。
どこでも、いつでも。
「寝るとフラッシュバックするので」
「そっかー、じゃあ話そうか」
冷えたよー、と水のペットボトルを渡される。また一口飲んだら、少しだけ気が緩んだ。
話そうか、と言いながら先生は何も言わない。話さなくてもいいけど、とか、明らかに話して欲しそうな言葉も言わない。
だから、悲しい話の本質は、今は言わないことにした。
「まえなは、全部知ってて、優しいんです」
「悲しいこと?」
「はい、それで……毎日毎日、目を冷やしてくれる」
「毎日泣いてるの?」
「朝……起きたら泣いてるんです、気がついたら毎日泣きながら寝てる」
「そっか」
「嬉しくって、でもまえなに甘えてる限り忘れられないのもわかってて、でもやめられない」
「甘えたいだけ甘えればいいよ、悲しいのはきっと横原さんもだよ」
「え」
「だって、わたしだったらいつも一緒にいて、毎日慰めてあげられるほど大好きな友達が2年も悲しかったらわたしも悲しいもん」
「でも、まえなに甘えるのやめないと、悲しくなくならないよ……」
「じゃ、一個だけ、なんか進んでみたら?」
「一個?」
「1週間に1回くらいは、自分で冷やそうとしてみるとかさ、何でも、一個」
一個。
「保冷剤に」
変えてもらおう。一歩、自分から悲しみを消してみる。
たくを、忘れて、みたい。
もっとゆっくり寝たい。深く寝たい。切れ切れの眠りはわたしを疲れさせてる気がする。
「えり、帰れる?」
「ねーまえな」
「ん?」
「今日、100均寄っていいかな」
「ん? うん」
「先生、ありがとうございました」
「いえいえ。またね」
「はい」