幸田、内緒だからな!
 いや、直紀がお母さんに似ているんだ。

「さあこちらに。あなたの部屋は、以前直紀が使っていたところよ。あの子と離れるんだもの。少しでも直紀と寄り添っていられるようにね」
「ありがとうございます」
「ほらここ。掃除はしておいたわ。この部屋のもの、自由に使ってちょうだい」

 部屋には、直紀が寝ていたベッドや、学生時代からあると思われるしっかりした作りの机が置いてあった。
 それからクローゼットをのぞくと、中の服は全部無くなっていたけど(たぶんマンションに持って行ったんだね)たくさんのハンガーが吊るされたままになっていた。

 そこに、持って来た服を掛ける。
 下着などは、クローゼットに備え付けてあった、引き出し付きのプラケースにしまった。
 そして、化粧道具はローボードの上に、そこに小さな鏡も立て掛けた。

「ある程度片付いたかしら?」
「はい」
「それじゃこっちにいらして」

 直紀のお母様の後について歩く。
 ゆっくりとした歩調で、歩く姿も優雅だ。

 通されたのは食堂だった。
 
「今日はね、あなたが来るってわかってたから、おみかんのゼリーを作っておいたのよ。どうぞ、そこに座ってちょうだい」
「奥様、わたし、お客さんとして参ったわけではありませんので、お手伝いさせて下さい」
「いいのよ今日は。それからこれからも主人がいない時は、そんなに何かしなくちゃって意気込まないで。楽にしてくれていいの」
「でも」
「主人、意地悪よね。あなたみたいな若い娘さんに、花嫁修業だなんて押し付けて」
「奥様それは違います。お願いしたのはわたくしの方です」
「あらそうなの?」
「わたし、直紀さんに縁談の話があると聞いて、いても立ってもいられなくなって、花嫁修業をさせて下さいだなんてお願いしましたが、本当は自信がないんです。相手のお嬢様は何でも出来る方だってお聞きしました。そんな方に太刀打ち出来るのかなって。いまさらですが、自信をなくしてしまいました」
「実はね、知花さん」
「はい」
「わたし、華子さん、あ、縁談のお相手の方ね。その方にお会いした事があるの。でもね、あの笑顔には何か裏がありそうだって思ったのよ。だけど、あなたは正直な人ね。直紀が好きになった人だもの。主人は厳しく当たるかもしれないけど、その分わたしはあなたの味方よ」
「奥様……」
「ねえ、お母さんって呼んでくれないかしら?」
「えっ?」
「いずれ直紀のお嫁さんになるんでしょ? だからお母さんって呼んでもらってかまわないから」
「……お母さん」
「あら、素敵な響き。直紀も兄の純一も男でしょ。わたし、あなたみたいな娘が欲しかったのよ。これから仲良くしましょうね」
「ありがとうございます」

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