幸田、内緒だからな!
社長、わたし隠し事しています!
 本社に戻った後も、シャンプーの香りで秘書課の他のメンバーに怪しまれるんじゃないかとヒヤヒヤした。
 だって、わたしと直紀、同じ香りがするんだもん。

「早瀬さん、さっき支社長からもらった報告書、コピーして専務と部長に渡しといてくれる?」
「わかりました」
「で、17時からその件について会議をするから第一会議室の準備を頼む」
「社長、17時は山本支配人との面会が入ってます」
「……それじゃ、会議は18時からって事で」
「承知しました」

 18時か。
 今日は直紀、遅くなるね。

 彼が会議とかで遅くなる時は、わたしが同席する必要がない限りは先に帰っていい事になっている。
 まあ、普段も一緒に帰っているわけではないんだけど(直紀は帰りが遅くなる事が多い)、どこかで待ち合わせして、そのまま彼のマンションへってパターンが多かった。

 基本、母と2人暮らしだけど、直紀と交際を始めてからは、彼と一緒にご飯を食べて、夜遅くに送ってもらって帰る事が多かった。
 そのまま彼のマンションに泊まるのは土日の二日間。
 直紀はわたしの母とも仲が良くて、3人でドライブに出掛ける事もあった。
 最初は母の前でも変わらず愛情表現して来る彼が恥ずかしいと思っていたけど、そのうち慣れて今では何ともない。
 何事も慣れって怖いものである。


 ホテルの支配人との話を終え、会議まであと20分という頃になって戻って来た社長。
 わたしは社長室にコーヒーを運んだ。

「お疲れ様です」
「ありがとう。あ、今日は先に帰っていいから」
「はい」

 社長室との扉を隔てた隣にある秘書課。
 誰かがこそっと話を聞いているかもしれない。
 わたし達は、聞かれたらまずい話はそこではしないようにしていた。

 だけど、そんな時でも彼は耳に手を当て小さな声で呟く。

 今日は何時になるかわからないから、自宅に戻ってて。
 帰ったら連絡する。
 って。

 わたしは、声を出さずに手でまるを作り、唇でOKと合図した。
 一瞬の隙をついてわたしのほっぺたにキスをする社長。
 まったくもぉ。
 油断も隙もないんだから。

「それでは失礼します」

 まもなく退社時間。
 他の秘書達も既に帰り支度に取り掛かっていた。

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