真夏の青空、さかさまにして

「ねえねえ! あずさって呼んでもいい?」

「絶対にやめて」



間髪入れずに拒否した僕に、彼女は本当に驚いたという顔をして「えっ」と素っ頓狂な声をあげる。



「でもあずさはわたしのこと今日から真夏って呼ぶでしょ?」

「なんで逆に呼ぶと思うの?普通に山下さんでよくない? ていうかあずさって呼ばないで」

「でもあずさ、うちみんな山下だよ?」



その言葉にシン、と沈黙が降りる。数秒置いて「……たしかに」と僕が負けを認めると、彼女は「でしょ? 変なのあずさ」と可笑しそうにけらけら笑った。


そしてはっと気づく。何度も呼ばれる あずさ は僕に対する嫌味だろうか。それとも素でそう言っているのだろうか。あんまりにも自然で突っ込むのを忘れていた。

だけど、真夏と呼べと言う彼女はまっすぐに僕を見ていて、なんとなくこれが素なんだろうなと思った。嘘なんてつけなさそうな瞳だった。



「あのさ、真夏」

「ん、なに?」



すっかり落ち着いた彼女は、つい数分前まで、僕が目の前にいるだけで日本語を喋れなくなっていたのが嘘のようだ。ひとりコントをしているのではないかと疑ってしまうくらいのオーバーリアクションももうない。

彼女は呼び捨てにされてもまったく動じず、本当に、ただ単に不便だろうと思って僕に自分を名前で呼べと言ったらしい。僕がどうとかではなく、ただの人見知りだとかだったのかもしれない。


ただ、呼べと言った割に興味がなさすぎるのでは、と心の隅で少し思った。
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