真夏の青空、さかさまにして
真夏が僕の隣で何度も大きく頷いて、忠さんへの同意を示している。アンタは大人しくしてろ、の意を込めて睨むと、真夏はぎくりと肩を揺らしてしてから動きを停止した。
「君が来てくれたらきっと生徒たちの士気も上がるよ。何なら指導してあげて欲しいくらいだ」
「……そんな大した人間じゃないです」
断じて謙遜をしているわけじゃなく、心からそう思って言っているのだ。忠さんはそれをわかっているようで、困ったように笑った。
「何を言っているんだ、君に憧れて剣道を始めた生徒もうちにはいるんだよ」
てっきりまた忌々しい過去の栄光を持ち出されるんだろうと思っていた僕は、予想外の言葉に目を見開く。
「……僕に憧れて?」
「ああ、その子は君がここに来ると知って大喜びしていたよ。君に会えるんだと、もしかしたら君と剣道ができるかもしれないとね」
今までに賞賛の言葉は山ほどもらってきた。だけど僕に憧れて剣道を始めただなんて言ってもらったのは初めてのことで、正直ものすごく嬉しかった。嬉しいと同時に、苦しかった。
一年前のあの感覚が、瞬間が、映画のフィルムを引っ張り出したみたいに蘇ってくる。まだこの手に残っている。情けなさと、忘れてはいけない僕の罪。
「すみません、僕……僕は」
知らぬ間に体が強張っていた。強く握りしめていた拳をゆっくり開くと、爪が食い込んでいたみたいで、手のひらにじんじんと痛みが残る。
ああ、危なかった。
父や母の罠にまんまとハマってしまうところだった。策略には付き合えど、罠にハマるつもりはない。ハマってはいけないのだ。