真夏の青空、さかさまにして
何を言っているんだと思う。それだけで、たったそれだけのことで。……僕が剣道をしたい?真夏がいいように思いたいだけじゃないのか。
だって、僕はもう。
「したくないよ、剣道なんて」
強く強く答えた。これでいいだろうと見せつけるように。
真夏はそんな僕を見てなにか言いたげな表情をしたけれど、すぐに「そっか、じゃあいいや」と言いたかっただろう言葉を押し込めた。手首の締め付けがゆるんだところを僕はするりとすり抜ける。
「あずさ」
「……なに」
ほんの少しだけ間を置いて、真夏が僕の横を通り抜けた。
「ごめん、何でもない。いってくるね」
真夏は嘘をつけないんだろうなと思う。言いたくもない言葉を吐き出すときの真夏は不細工だ。眉を寄せてぎゅうっと唇を噛んでいる。
自分にも他人にも正直な人なんだろう。まっすぐで純粋で眩しい。晴れた日の真昼の空みたいだ。
だからこそ、嫌いだなと思う。そういう曇りのない空は熱苦しくてうざったい。
「剣道、ね」
きっと真夏の振るう剣も伸びやかで力強い、迷いのない剣なんだろうなと、想像でしかないそれに目を細める。
「……上手いのかな、真夏は」
こぼれた言葉と同時に、玄関のほうから扉の閉まる鋭い音がやけにはっきりと聞こえた。それは空っぽの僕の中に嫌味ったらしく響き渡って、その日の夜ーー彼女の剣を実際に目にするまで僕の耳にこびりついていた。