真夏の青空、さかさまにして
「……へったくそ」
「へ?」
打撃音と甲高い気合いが混じり合う。そんななか、思わず漏れた僕の声に一人の剣士が反応した。
腰に回る〝タレ(腰、局部の保護具で、中央には所属団体と名前が書かれた垂れネームをつける)〟には、「山下」と書いてある。ーー山下真夏だ。
「え、あれっ!あずさ⁉︎」
「地獄耳……」
〝メン(頭部と喉の保護具)〟をつけているのに、あんな小さな声に気づいたのだろうか。こんなにも騒がしいなかで。
しかも彼女は今、稽古中だというのに。
「えっえっ、どうしたの⁉︎」
「どうもしないけど」
「いやいやどうもないことはないでしょ⁉︎ なんでなんで、どうしたのっ?」
「うるっさいなあ……」
まだ呼吸が乱れているにも関わらず、真夏は興奮気味に僕に詰め寄ってくる。むわっと独特のにおいが近づいて、僕は一歩後ずさりながらわかりやすく顔をしかめた。
「もっと集中しなよ」
「えっ」
「稽古中にぼけっと話してていいわけ?」
「そうだけど、今は打ち込み稽古の順番待ってる間だからつい……」
「ふうん」
打ち込み稽古とは、その名の通り、二人一組の稽古において打たせる側である〝元立ち〟が隙を作ったところに、打ち込む側である〝掛かり手〟が決まった時間の中でひたすらに打ち込んでいく稽古のことだ。