真夏の青空、さかさまにして
数日いっしょに過ごしたら向こうから願い下げするだろうと密かに思っていた僕は、いつまでも僕に頭を下げ続ける真夏が不思議でしかたなかった。
「どうして僕なんかにそんなこと頼むわけ」
「えっ、だからそれは、わたしがあずさに憧れているから……」
困惑したように真夏が答える。何度も何度も聞いた言葉だ。
正直、憧れと言われた時はうれしかった。自分のことをそんなふうに思ってくれている人がいたのかと。だけどすぐに目が覚めた。現実を見た。真夏が憧れているのは僕であって僕じゃない。僕じゃないんだ。
「君が憧れてた僕はもういないんじゃないの」
真夏が憧れているのは、過去の僕だろう。今の僕に真夏が頭を下げる価値なんて少しもない。そんなことは自分がいちばんよくわかっている。
真夏が僕に頭を下げるたび、僕の体はどろりと真っ黒い感情に溶かされそうになる。
「なに言ってるの?あずさはここにいるじゃん」
話が通じているのか、通じていないのか。きょとんとする真夏に今度は僕がうろたえる番だった。
「いやそうだけど、そうじゃなくて……」
「あずさはあずさでしょ?」
その言葉を聞いて僕はどきりとした。真夏は僕が言いたいことをちゃんと理解している。わかっていて、そう言っているのだ。
「あのねえ、何度も言ってるでしょ!わたしが憧れてるのはずっと吉弘あずさ!わたしの目の前にいるこの人だけだよ」
「何度言えば伝わるのかなあ」と少し怒ったように真夏が言う。