真夏の青空、さかさまにして
真夏はよく部活の話をする。だけどその時はいつも興奮気味で楽しそうで。だから、こんなふうに部活のことを真夏の口から聞くのははじめてのことだった。
「それで私、どうしても勝ちたい人がいて……」
「ふーん、……どんなやつ?」
僕は話を聞いてあげるとかそういうのではなく、純粋にその真夏が〝勝ちたい人〟に興味があった。てっきり真夏は勝ちになんてこだわりがないのだと思っていたし、もしかしたら真夏だって僕と同じなのかもしれないと思ったから。
だけど真夏は、僕の想像とは違って、嬉々とした表情で言った。
「えっとね、強くて、かっこよくて。わたしはもうずっとその人に勝てないんだけど……その人に勝てたらもっと剣道が楽しくなると思うんだ。その姿を最後に先輩たちに見てもらいたくて!」
「……へえ、そう」
なにを勘違いしていたんだろう、僕は。あらためて僕と真夏は違うのだと思い知らされたような気がした。
真夏は勝つために剣道をしているのではない。楽しいから剣道をしているんだ。
僕はただ、勝ちたかった。勝てなければ意味がなかった。だから僕には勝ちにこだわらない真夏の姿勢が理解できない。
「よしっ、そろそろ行こうか」
立ち上がった真夏が、僕の手のなかでまったく減っていないラムネに気がついた。「ちょうだい」と僕からそれを奪い取ると、僕が制する間もなくそこに口をつけ、一気に飲み干した。カラン、とビー玉がぶつかる音がした。
「それ、」
「ん?なに?」
「……別に、なんでもない」
僕はやっぱり真夏のことが理解できなくて。ただ少しうらやましいとも感じたのは、夏の暑さに惑わされてしまったせいだろう。