真夏の青空、さかさまにして

顔を上げれば真夏が困ったように笑っている。



「……なんて、わたしが言うなって感じかもしれないけど。でも無理しないでいいからね。本当はあれだけ嫌がってた防具に触れてくれただけでわたし十分嬉しいんだ」

「……なに言ってるの」

「ほんとだよー!なんならもう筋トレ三昧でもいいかも、なんちゃってー!」



そんなわけない。本当は竹刀を振るうことに飢えているくせに。なぜだか憧れだという僕と、打ち合いたくてたまらないくせに。

真夏はわかりやすいんだ。キョロキョロ目を泳がせて、変に声も高くなって。僕に気をつかって嘘を吐いてるって丸わかりなんだ。


むかつく。真夏に気をつかうのも、気をつかわれるのも。



「えっ、あずさ……」

「うるさい」



ほとんど勢いでメンを被った。むわっと防具独特の使い込まれたにおいがする。


剣道をしていない人はこのにおいが苦手な人がほとんどらしい。ずばり汗の染み付いたにおいだ。でも剣道を続けていればこの程度のにおいにはすっかり慣れてしまうし、今の僕は懐かしささえ覚え、悪い気分ではなかった。

面紐を通す順ももちろん変わるわけがなく、もう何年も続けてきたルーティーンだ。以前と比べて重々しいながらも、自然と手が動く。


そういえば、メンと一組になっていたタレには柴田と書いてあった。つまりこれは普段、柴田サンという人がつかっている防具だ。ごめん柴田サン、勝手に使って。


そんなことを思っているうちに、もうほとんど面紐を通し終えていた。あとは頭の後ろでの蝶々結びのみだ。
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