真夏の青空、さかさまにして
したり顔で笑う真夏を僕はぎろりと睨みつける。そんな僕を他所にシュショーが「じゃあ練習、はじめようか」と手を叩いた。シュショーの周りに部員たちが集まり、真夏も慌てて駆けていく。
「あずさもほらっ」
「なんで僕が行くんだよ」
「やだー!冗談、冗談!」
絶対嘘だ、今のは本気の顔だった。なんなら今のうちに逃げ出しておいてやろうかと入り口を盗み見て、やめた。
どうせすぐに捕まえられてまたここに連れ戻されることになるんだ。大人しくしておいてやろう。
ウォーミングアップが始まる。まずは床の雑巾掛けをして、準備体操。それから二列に並んでランニングだ。
いっちにーさんし、ごーろくひちはーち。掛け声が、道場の低い天井に跳ね返って大きく響く。僕は目を閉じてその音を聞いた。
「……部活、ね」
剣道部から離れてまだ一年程度。それなのにこの光景はものすごく懐かしい感じがする。
部員たちを見れば、ランニング中だというのにみんなとても楽しそうな顔をしている。合宿ということもあるんだろうけど、この人たちはいつもこういう雰囲気のなかで練習しているんじゃないだろうか。
そう思うのはきっとそこに真夏がいるからなんだけど。
あんな風に楽しく練習をしていた時期が僕にもあったのだろうか。いや、たしかにあったはずなんだ。それなのに、その記憶をひとつも思い出せないのはなぜだろう。
思い出すのは勝利に飢え、積み重ねたプレッシャーのなかで死にものぐるいで竹刀を振るう僕だけだ。
本当は存在しなかったのかもしれない。剣道を楽しんでいた僕なんて。