私と結婚してください。
この感覚、懐かしいなぁ…なんて思いつつ
強めに弓を弾いてみれば、それはそれは深みのある音が
__ファンっ、
と鳴った。
「…ずっと使ってなかったのが音に出てるな」
もう音がめちゃくちゃ。高かったり、低かったり。
これさえも久しぶりだけど、まだまだ感覚は鈍ってなくて
そのまま、私はチューニングをした。
「……うん、これでよし。
弦も早めに交換した方がいいな」
一通り、バイオリンの状態をもとに戻してから、凰成にまたこの名器を差し出した。
「…希依、バイオリン出来んの?」
「ん?うん
っていうか、椎依と一緒に習ってて。
で、結局椎依がピアノで私がバイオリンを選んだの。
ただ私は椎依みたいになんでもうまくできるわけじゃなくて
バイオリンは好きだけど、でもやっぱり今のままだとあの嫌いな男と結婚するだけだって思ったら、バイオリンしてる時間あったら恋愛しなきゃ、遊ばなきゃって
そう、思ったの」
私は、椎依みたいに音楽も頑張って、人付き合いもやって、恋愛もするなんて、うまく生きられなかった。
中等部でオーケストラ部に入って、引退するまでバイオリンしか私にはなかった。
…そんな私を捨てるのは、私自身怖かったけど…
大好きなバイオリンをやめたくなかったけど、でも…
「彼氏つくって幸せそうに笑ってる椎依が、ちょっと羨ましかったんだよね。
あんなに大事に愛されて、いいなって。
私はそれまで、バイオリンしか愛してこなかったから」
バイオリンは逃げたりしない。
また、弾けるときがきたら弾けばいい。
やりたくなったらやればいい。
「今しかできない恋愛を選択したから、またいつかっていうその日までバイオリンは封印してたの。
まさかこんなとこで再会するなんてなぁ」