愛すべき、藤井。
最近ブレーキのかかりが悪い。
藤井の家の50m前くらいからこまめにブレーキをかけた私は、
───キィッ
藤井の家の前で強く最後にもう1度ブレーキを握った。
もうすっかり秋だ。
藤井の家から見える近所の公園。
そこにある大きな楓の木からは、涼しい秋風に乗って、赤味がかった木の葉がヒラヒラと宙を舞っている。
チャリから降りた藤井が「すぐ冬来るなー」なんて少し嫌そうに声を漏らしたけど、私は冬って嫌いじゃない。
冬の空気って、よく澄んでる気がして、夏の暑苦しさの中にいると、あの冷たい空気を肺いっぱいに吸い込みたくなる時がある。
「なぁ、夏乃」
「ん?」
「1個、聞いていい?」
「だからなに?」
「シンデレラってさ」
「うん」
「……キスする?」
「…………え、」
藤井の口から不意に聞こえた『キス』ってワードに、自分でもビックリするくらいフリーズした。
藤井もキスとか言うんだ。
……言うか、そりゃ言うくらいは…するか。
「王子役が俺で、シンデレラ役が夏乃なら……キスシーンあったら、どーすんのかなーってふと思ってさ」
そう言いながらも、首をかしげて考える素振りを見せる藤井。
私は必死に頭の中でシンデレラの話を思い出そうと頑張るけれど、藤井の『キス』ワードに、なぜか胸が落ち着かない。