愛すべき、藤井。
パタパタと、走る気あんの?ってスピードで走っていた私は、それに気づいたと同時に走るのを辞めた。
ついさっきまではあんなに楽しい気分だったのに、『香織』に会ってしまっただけで、私のテンションはここまで落ちるのか。
いや、正確には会ってもいない。
見かけただけ。一瞬、目が合っただけ、か。
「あの!待って……」
───ビクッ
のそのそ、と効果音でも出てそうな重い足取りで歩いていた私を、突然呼び止めたその声に、
『絢斗くん』
嬉しそうに、藤井を下の名前で呼んだ、あの日の声が蘇ってくる。
柔らかいイントネーションの澄んだソプラノ。
振り向きたくない!振り向いたら、私……
「……あの、夏乃ちゃんですよね?」
泣いちゃうかもしれない。
そう思う気持ちは本当なのに、反射的に体は声のする方へと振り返って、
「なんで、私のこと?」
「絢斗くんと文化祭、一緒にいるの見て。気になって絢斗くんに聞きました」
───ドクンドクン……
香織ちゃんの姿を捉えたとき、やっぱり振り向くんじゃなかった、と後悔した。