愛すべき、藤井。
***


「いらっしゃいませ〜……って、絢斗か」

「おう、来てやったぞ」


あれから、私のこぐチャリの後ろで、左折しろ〜だの右折しろ〜だの指示を出す藤井に殺意が芽生えながらも、なんとか到着したパン屋さん。


看板には《ふんわり工房》と可愛い字体で書かれていて、ブラウンをベースにした、柔らかい雰囲気の木造2階建て。


窓際に並んでいる棚の上にも、お店の真ん中に置かれたテーブルの上にも、沢山のパンがそれぞれの魅力全開で誘惑してくる。甘い匂いや、カレーのスパイシーな匂いが漂ってきて、学校帰りの空腹夏乃ちゃんはまんまと食欲全開だ。


「いらっしゃい!なんか食べてく?……あ!もしかしてこの間言ってた『クロワッサンが好きな友達』ってこの子?」


絢斗と親しげに話しているのを見る限り、30代前半くらいに見えるこの女の人は、きっと絢斗の親戚の方なのだろう。


「あ、初めまして……!」


やべ、緊張して名乗れなかった。口の中が変に乾いて、言葉を発することが難しい。


これあれだ、英語の授業で読めない単語があるページの朗読を当てられやしなないかヒヤヒヤしてる時の緊張感に似てる。


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