愛すべき、藤井。
『またいつでもおいでね』と笑ってくれた美和子さんの笑顔を思い出しながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ね、藤井」
「今度はなんだよ、パン屋にはなんねーぞ」
「そうじゃなくてさ、店の奥にいた男の人って、もしかして美和子さんの旦那さん?」
柔らかな風に包まれながら、もう沈みかけの夕日が私たちを照らす。
私に見えてる景色と、藤井に見えてる景色は全然違うんだろうけどさ。私にはすっごいキラキラしてみえるんだよね。
藤井のその節穴にも近そうな目には、どんな風に映ってんの?
ちょっとは、私との時間に居心地の良さとか感じてくれてるなら嬉しいんだけどな。
言わないけど。
「そ、みいんとこは新婚ホヤホヤだ。おまけに店もオープンしたばっかだし、めでたい夫婦だよ」
「そうなんだ〜。いいな、パン屋のお嫁さん」
「お前には無理だな」
「何でよ!!こんなにクロワッサンを愛してる女は他にいないと思うよ、藤井」
「バカか。お前のはただの食い意地だろーが。パン屋の朝は早いらしいし、体力使うし、『あーめんどくせ』が口癖のお前には無理だ」
見慣れた住宅街。
さっきまで沈みかけの夕日が私たちを照らしていたと思っていたのに、もうすっかり沈んでしまったらしい。薄暗い道を、チャリのライトだけが照らしてる。