愛すべき、藤井。
「静かに降りてよ」

「シュワッチ」

「……腹立つな、藤井」

「シュワッチ」

「もういいわ、帰る!また明日ね」


何が『シュワッチ』じゃ。
付き合ってられないっつーの。

藤井はいつも、私がチャリをこぎ出すのを見送ってから家に入る。

それが少し嬉しかったりする私は、その瞬間、チャリこがされたこともすっかり忘れちゃってるから、相当アホなM女だと思う。



私の『また明日ね』に、いつもなら『おー』と短い返事が帰ってくるのに、今日は何の返事もない。


本当に雑。

藤井、お前私の扱いが雑だよ。
どうしようもないクソ野郎だよ。


ペダルをこぎ始めようと足をかけた私は、


「夏乃、」

「え?」


突然、名前を呼ばれて振り返る。
今度は何よ。

そう思う自分とは裏腹に、まだ藤井といれる……なんて思ってる自分。本当にどうかしてる。


「降りて後ろ乗れ」

「は?」

「だから、チャリからさっさと降りて後ろ乗れって」


何言ってんの、藤井。
後ろもクソも前には誰が乗るのよ。
透明人間か?透明人間なのか?お?

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