愛すべき、藤井。
「……藤井、」
「は?」
「お願い、スピード出さないで」
「なに、怖いとか言うなよ?柄じゃねぇから」
「いや……そうじゃなくて、久々すぎてどこ捕まればいいか分かんなくて、落ちそう」
グラグラとバランスを保ってはみても、容赦なくこぐ藤井に焦り始める。加速し始めたチャリの後ろで、1人 恐怖と戦う私に、
「アホか、俺に捕まっとけばいいだろ」
「え、ちょ……!!」
藤井はやっぱり、無自覚すぎる。
不意に私の手首を掴んだ藤井の手は、そのまま私の腕を藤井の腰へと回した。
近い。ただただ、近い。
今までどんな乗り方してたかなんて忘れたけど、こんな乗り方したことはない!絶対ないよ、藤井。
私の心臓の音が聞こえていませんように。
「藤井、お願い」
「あ?今度はなんだよ」
こんなことしておいて、私のこと好きじゃないとか、もう罪だよ。
「ゆっくり走って」
「は?別にいつものスピードより少し早いくらいだぞ?怖い?」
そうなんだけどさ、全然怖くないんだけどさ。むしろ、風が気持ちいいくらいだけどさ。
……もう少しだけ、藤井にくっついてたいって言う私のわがままを、たまには叶えてくれてもいいじゃんか。
「んー、誰かさんのせいで最近こいでばっかだったし、後ろ乗り慣れてないせいかちょっと怖い」
なんて、素直になれるわけがない夏の夜の夏乃さんは、また可愛くないことを言ってしまった。