線香花火の小さな恋
小さな出会い
第二話 小さな出会い
秋晴れの過ごしやすい朝
それなりに人がいる駅のホームで、彼女は電車を待っていた
「唯乃!今日早いじゃん!」
すると電車を待っていた彼女の元へ、一人の女子高生がやって来た
「あ、もしかして今日提出物とかあったっけ?!」
焦るようにワタワタと感情が忙しい
「ううん。…たまたま早く起きたの」
「ふうん?…珍しい事もあるのね〜」
頭の左側にまとめた三つ編みが良く似合うこの子は岸田万瑠(きしだ まる)。
彼女と同じ、柊南高校に通う高校二年生
そして万瑠の隣でスマホを片手に小さくあくびをするのが彼女、小笠原唯乃(おがさわら ゆの)。
万瑠と同じクラスで、現在は水泳部に所属している
「…万瑠、あのさ……」
何やら気まずそうに、唯乃が口を開く
「なに?
…って、
唯乃、あんたあの子どこにやったの?!」
万瑠が目を丸くして唯乃を指さす
「あ、あの子…?」
「ほら、唯乃がいつも大事に付けてたあの桜色の!クマちゃん!!」
「あ…」
今まさに言おうとしていたことを先に言われ…
「…えっと……」
取り敢えず、落ち着くことにした
「…まあ、色々あって。
どこかに落としちゃったみたい」
ふふっと笑う唯乃
だが万瑠は、悲しそうな顔をした
「あのクマちゃんって、確かあんたの…」
万瑠が言いかけた時、ホームに電車が滑り込んできた
「万瑠、電車来たよ!…行こう?」
「そ、そうね!」
慌てて唯乃の後を追う万瑠
だがその心境は…とても、複雑なものだった
「…どうすんだこれ……」
家を出て数分
いつもの駅で、電車を待っていた紫紀
そこで静かにポケットに入っているものを、取り出す
「……」
夏菜子が綺麗にしてくれたお陰で、昨日の雨が嘘のように綺麗な桜色になったクマのキーホルダー
「…お前だって、あの子の所に帰りたい、よな」
…
当然、キーホルダーが紫紀に答えるはずもなく…
紫紀は静かに、またポケットへと戻した
「…き、紫紀!」
しばらくすると、階段を駆け下りてくる男子高生が現れた
「おま…なんで今日そんな早いんだよ?!
いつもなら時間ちょーギリギリに来るくせに!」
「…なんだ、飛鳥か。おはよ」
「おはよう、紫紀!」
飛鳥と呼ばれた彼は桐山飛鳥(きりやま あすか)
紫紀のクラスメイトだ。
「なぁ紫紀、聞いてくれよ〜
昨日バイト先にみっちゃん来てさぁ」
みっちゃんとは紫紀のクラスの担任
「無断バイトしてたのバレちゃって、今日呼び出しくらったんだよ〜
俺最強にツイてなくね?」
「うちの学校バイト禁止じゃないんだから…届け出、出せば良かったのに」
「しょーがないだろ〜…めんどくさかっただけだけど」
「おい」
思わずビシッとツッコミを入れる紫紀
「って事で今日の朝練、俺行けねんだわ」
がっくりと肩を落とす飛鳥
「キャプテンに伝えとくよ
“飛鳥はいつも通りあほやらかしました”って」
「おいぃ!!」
朝から元気な飛鳥をからかっているとホームに電車がやってきた
「あ…」
例になく、彼女はいつものように三両目に乗っていた
「…一番後ろって、出にくいはずなんだけどなぁ」
「ん?紫紀、何か言ったか?」
「い、いや!なんでも?!
は、…早く乗ろーぜ!」
「だな!…今日は人多いなぁ」
慌てて三両目に乗り込む二人
少し離れた席に、昨日の彼女とその友達らしき女子高生が座って話をしていた
「…」
これは…声をかけるべきだろうか?
「……」
いやでも…ストーカーって思われたら嫌だしなぁ…
「………」
でもクマ、返してあげたいしなぁ…
「…ば、おい、紫紀ってば!!」
「わっ?!!」
はっと気がつくと、両肩をがっちりと掴んだ飛鳥の顔がすぐ近くにあった
「なんっだよお前…はっ!近い!!」
咄嗟に飛鳥の手を振り払い、制服を直す
「いやいや、お前今日ぼーっとしすぎじゃね?
俺ずーーーっと、お前呼んでたのに」
「あぁ…悪い、考え事してた」
ふぅ、と小さくため息をついて窓の外に目をやる紫紀
「はは〜ん?…さては女だな?」
「ば…っ?!?!!」
「え、なに、図星なの?!マジ?!」
驚いた顔で、再び紫紀に詰め寄る飛鳥
「…てんめ、ハメやがったな?!」
ギャーギャーと騒ぎ出した二人の声に、少し離れたところにいた唯乃達も気づいた
「…っ、!!あの人…!!」
「なに、唯乃の知り合い?」
あの人、ほんとに同じ電車だったんだ…!
「あ…ううん、全然!」
大きく首を横に振って否定する唯乃
「じゃあ何?…もしかして、好きな人?」
「なっ…そ、そんなんじゃないよ!」
「じゃあ何よ?」
「うっ…それは……」
…どうしよう
あのクマの話を出せば、私が嘘ついたことがバレちゃうし…
「い、いやぁ〜最近の男の子って元気だなぁって!
ほ、ほら、うちのクラスってあんまりああいう子、いないじゃん?!」
「いや、全然いるけど…」
「ほぇ?!」
唯乃と万瑠がそんな会話をしていた時、電車は二人の降りる駅に止まった
「あ、もう降りなきゃだ」
ふと、万瑠が紫紀と飛鳥の横を通り過ぎる際、目で追った
「…でもさ!さっきの二人組、なかなかイケメンじゃない?」
電車を降りて改札口を抜けた辺りで万瑠が楽しそうに笑う
「うーん…どうなんだろ」
そう言いつつも、確かにかっこいいとは唯乃も思っていた
「…まあ、普通かな」
「え〜つれないなぁ」
駅を出て、唯乃と万瑠はゆっくりと学校までの通学路を歩いた
「…で?紫紀サンよ」
唯乃と万瑠が電車を降りた後
明らかに機嫌の悪い紫紀を前に、飛鳥は苦笑いした
「なーんでそんなに怒ってるわけ?
さっきまであんな元気に俺とはしゃいでたのに〜…さっき降りたおっさんに怒られたけどさ」
あの後、紫紀と飛鳥の近くにいたおじさんにうるさいと注意を受け、おじさんは唯乃たちと同じ駅で降りて行った
「いやまあ確かに?騒いだのは悪かったよ?
でもそれは俺もお前も同じじゃん?一緒じゃん?だからそこまで怒る必要…」
「ある!!!!」
いつになく飛鳥を睨みつける紫紀
「…もしかして、さっきの女子高生?」
ードキッ、
飛鳥に全てを見透かされたようで、顔が火照る
「お前、あの二人のどっちかにでも恋してんの?マジかよ〜」
あーあと大きく背伸びをする飛鳥
紫紀は、無言のままだった
「…笑わないって、約束するか」
「…何だよいきなり」
「いいから」
「…分かったよ」
紫紀は、昨日の事を飛鳥に全て話した
「へぇ…確かにあの子、今日いつものクマ付けてなかったな」
「お前、知ってたのか?」
紫紀が意外そうな顔で尋ねると、飛鳥はふいとそっぽを向いた
「…あんな大事そうにいつも付けてたら、誰だって目を惹かれんだろ」
小さなビニール袋に入った雨の日のクマを
貝殻のついた、夏らしいクマを…
話をすると、飛鳥は全部知っていた
「あの子、小笠原唯乃だろ?
去年の全国模試、全国一位だったっていう超エリート」
「……マジ?」
「マジマジ。しかも運動神経抜群の文武両道、おまけに可愛いときたらそりゃモテないわけがないよな」
可愛い子は片っ端からチェックをしている飛鳥
そりゃ、知っててもおかしくはないか…
「あ、そういえば」
ふと、飛鳥が口を開く
「あの子も確か、水泳部だぞ」
「ほんとか?!」
「あぁ。…だから、どこかの大会でもしかしたら会うかもな」
「…そうか」
飛鳥の話によると、小笠原さんは今年から入ったばかりの編入部員らしい
しかし実力はお墨付きで入部からわずか一ヶ月で、部のレギュラーになったらしい
「…相当な実力者なんだな」
「あぁ。
大会のルーキー達もみんな一目置いてる、って噂」
そんなすごい人だったんだ…
「それで?お前はこれからどうすんの?」
電車を降りて学校までの道を歩く間、そんな質問がきた
「どうする、って…」
「せっかく綺麗にしたのに、持ち主に返さないわけ?」
「…もちろん、返せることなら返したい
でも…あの子、一度こいつを捨ててるから…」
また、あの時みたいに、こいつを捨てたりしないだろうか
ポケットからクマのキーホルダーを取り出し、目の前に持ってくる
「…綺麗だな」
「…大事に、大事にされてたもんな、お前」
紫紀がコツン、とクマをつつく
「…でもまあ、今度会った時にでも聞いてみたらいんじゃね?
その子も実際、後悔してるかもしれねーしさ」
「…そうだな、そうするよ」
飛鳥の助言を元に、紫紀は彼女にクマを返すことにした
「お、紫紀じゃん!おはよ〜」
部室に着いた紫紀は部員達に出迎えられる
「あれ、桐山は?今日休みか?」
紫紀の後ろから入ってきたのはキャプテンである三年の三島塔也(みしま とうや)だった
「あぁ、またあほやらかして職員室送りっすね」
「…またか」
「飛鳥らしいっちゃ飛鳥らしいけどな〜」
「さーて、今日の午後練に間に合うか〜?」
部員達が楽しそうに話をしている隙に、紫紀はさっさと着替えてプールへと向かった
「…まだまだあちーな」
海西高校は水泳部名門校なので、プールは屋内
一年を通してしっかり練習できるように、様々な設備も整っている
「夏が終わったばっかだからな〜
紫紀、次の大会どうするんだ?」
「次の大会って、明後日の?」
うんうん、と頷く部員
「三島キャプテン含め、これが最後の大会だろ?
しかも今日がその選抜発表!
くぅ〜…緊張する!!」
「…なるようになるさ」
緊張した面持ちで、紫紀はプールへと飛び込んだ
…
いつになっても気持ちのいい水の中
嫌なことも全部、溶かされていくみたいに
「…」
ゴポッ…ゴポゴポ……
水を切って泳ぎ出す部員達を横目に、紫紀は静かに水中に身を沈めた
「…」
目を閉じて、その空間を感じる
「……」
いつもなら、精神統一されてここから泳ぎ始める
しかし…
「…無理!やっぱだめだ!!」
ぷはっ…!
勢いよく水面から顔を出した紫紀
たまたま近くを通りかかった部員は驚いた顔をする
「ちょ、紫紀?!大丈夫か?!」
「あ…あぁ、大丈夫」
「びっくりした〜お前、溺れたのかと思ったぜ」
「…まさか」
笑いながら去っていく部員の背中を見つめ、ふとため息をつく
…あの子に、いつ渡そう
紫紀の頭の中は、それでいっぱいだった