線香花火の小さな恋
小さな約束

第三話 小さな約束

「えー…お前らも分かっているとは思うが明後日の大会、これが三年生最後の大会となる」

部活後、

顧問・水谷(みずたに)の言葉にざわつく部員達

「これからその大会に出場する、選抜メンバーを発表する!」


その場が一気に静まり返った


「えー、まずは三年!
三島、高藤(たかとう)、的場(まとば)…」

「やっぱスタメンはいつも通りか〜」

「キャプテン達、いつも以上に気合い入ってたもんな〜」

選抜メンバーが次々と挙げられ、部員たちの間でも様々な声があがる

「…」

水谷が淡々とメンバーを読み上げる中


紫紀は、まだ悩んでいた

「…以上!
続いて二年生、中谷(なかたに)、桐山…」

…あの子、明日もあの電車に乗ってくるだろうか

「……」

…でもなぁ……

「………」

友達が一緒だと、なかなか声掛けにくいんだよなぁ…

「…き、おい、紫紀!」

「っ、あ?!」

隣にいた部員に小突かれ、一気に現実に戻される

「…星川、お前も選抜だ」

水谷が険しい顔をして紫紀に告げる

「実力は確かなんだ。悩んでいる暇なんて無いぞ、星川」

「す、すみません…」



年頃の紫紀は

悶々と、悩んでいた

「そしてもう一つ!」

「…っ、?!は、はい!!」

また考え込もうとしていた紫紀は思わず目を見開く

「お前には今回、三島達とともに最後の種目、“メドレーリレー”に出てもらう」


メドレーリレー


バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの四種目を四人の選手がそれぞれ泳いでリレーを行う種目である

「わ、わかりました!」

「今回二年生からはお前一人だ。
…三年生に、最後の花を飾ってやれ」

「頼むぜ、紫紀!」

キャプテンの塔也が、嬉しそうに紫紀の肩を組む

「一年生は新人戦が終わってそれぞれの課題を見つけたはずだ

それを次のシーズンまでに、しっかりと克服してものにしておくこと!

以上!」

「ありがとうございました!!!!」

部員達の声が響き渡り、ミーティング終了となった


「…紫紀!」

部活後、部室で帰り支度をしていた紫紀の元へと塔也がやって来た

「キャプテン…」

「よっ!…あれ、桐山はまだ来てないのか?」

キョロキョロと辺りを見渡す塔也

いつも紫紀の隣にいるはずの飛鳥が見えない

「…反省文でも書いてるんじゃないっすかね」

「それだな」

練習や考え事をしたせいで疲れきっていた紫紀と楽しそうに話す塔也


塔也は、いつだって元気だった

後輩たちの面倒見も良く、マネージャーとの連携も良いと他校が言うほど出来たキャプテンの塔也

しかし

キャプテンという事もあり、何かとプレッシャーを背負ってしまいがちらしい

「…キャプテン、あんまり気負いし過ぎないで下さいよ?」

「気負いー?俺がンなもんするかっ」

じゃれ合う二人だったが、こうして会えるのもあと少し

卒業したら…なかなか会えなくなる

「…」

紫紀は、少し寂しさを覚えた

「…まあ、キャプテンが引退したら寂しくもなりますよね」

「な、中谷…!」

そばで二人を見ていた二年生の中谷が微笑ましそうに言うと


「いや、寂しくなるっていうよりかは心配事が減る」


「紫紀ーーー?!」

真顔で答えた紫紀にあからさまにショックを受けたリアクションをする塔也

「うわっ、ちょ、タンマタンマ!」

部室を飛び出した紫紀を、塔也は楽しそうに追いかけた

「…こりゃ、今日もこのまま帰ってこねーな」

三年の高藤と的場がやれやれといった表情で二人が出ていった開きっぱなしのドアに目をやる

「…あの名物コンビも、あと少しか」

「俺らも悔いの残らないように、頑張らなくちゃな」

いつでも冷静な紫紀と

いつでも元気でみんなのお兄ちゃんだったムードメーカーの塔也

水泳部の名物コンビだったこの二人は部員たちの光でもあった

「……」

部室では少し、しんみりした空気が流れた




「はぁ…はぁっ…ここまで来れば…」

「み〜つ〜け〜た〜ぞ〜…!紫紀!」

「うわっ、キャプテン?!」

紫紀が振り返ると、息を切らした塔也がそこに居た

「おま…早すぎんだよ!水泳部のくせに足速いとか!!」

ふはっと笑いをこぼし、塔也が紫紀にもたれ掛かる

「…キャプテンだって、十分早いっすよ」

紫紀は塔也と、駅のホームで互いに笑いあった


「…なあ、紫紀」

帰りの電車内

二人の乗っていた車両には二人以外の乗客はおらず、よりその声が響いた

「次の大会…あれで、俺らは最後なんだよな」

「…ですね」

寂しそうな横顔の塔也

「やっぱり…悔いがあったりします?」

「そうだなぁ…悔いというか、もっとお前らと練習とか試合がしたかった…

そう思う」

「…俺も、もっと先輩たちとしたかったっす」

ガタンゴトン…と一定のスピードで電車ははしる


「…お前、柊南高校は知ってるよな」

唐突に、塔也の口から聞き慣れない言葉が降ってくる

「あ、…はい。
俺の地元の高校、ですけど…」

柊南高校…

紫紀の脳裏に、あの子の姿が浮かんだ

「…早く返さなきゃ」

「?なんか言ったか」

思わず心の声が出ていたらしく、はっとなる紫紀

「あ、いや!何でも…!」


「…小笠原唯乃、って…聞いたことない、よな?」


「えっ…」

小笠原…唯乃?

どこかで聞いたその名前は

思い出すのに、そう時間はかからなかった

目の前で、大切にしていたクマのキーホルダーを捨ててしまった

あの、女の子…

「…知り合いっちゃ、知り合いです」

「知ってるのか?!」

塔也は血相を変えて紫紀の肩を掴む

「ええと…ほんと、一言二言話したことがあるくらいで。

…ほとんど他人っす」

突然の事に動揺する紫紀

はっとした塔也は、表情を緩める

「…そうか」

何故か、少しがっかりそうに両手を下ろした

「…キャプテン。

知り合い、なんすか」

恐る恐る、紫紀が問うと

「…あぁ」

複雑そうな表情をして

それ以降、塔也がその話をすることは無かった


『ーえ、キャプテンが?』

家に帰った紫紀

真っ先に電話をかけたのは飛鳥だった

『うーん…まぁ柊南高校って言ったら俺らのライバル校でもあるし…何か因縁?でもあるんじゃねーの?』

因縁…か

「…何か、世間って狭いな」

『何をいまさら』

紫紀の言葉に飛鳥は笑う

『…紫紀』

「んー?」

『…後悔だけは、するんじゃねーぞ』

どこかで聞いたその言葉は

迷っていた紫紀の背中を、押した

「…おう!」

『じゃ、また明日な』

「あぁ、おやすみ」

ープツン。

電話を切り、寝そべっていたベッドで仰向きになる

「…明日こそ」

ゆっくりと目を閉じた紫紀

次の日、思いもよらない出来事が起こるなんて…

この時はまだ、知る由もなかった



ピー…ッ

「…」

無言で部屋のカードキーを挿し、家のドアを開ける

「あら、おかえりなさい!」

「…あぁ」

母親らしき女性が笑顔で彼を迎えるが…

彼は素っ気なく、自室へと入ってしまった

「……」

ドサッと放り出す鞄

「…っ」

首元のネクタイを緩め、ベッドに体を投げ出した

「……チッ」

電気のつけていない、カーテンの閉め切った室内はとても暗く…

彼の心を、より追い詰めているかのようだった

「…」

ふと、ポケットに入っていたスマホを取り出すと

「……」

開いた待ち受けには、小さな赤ちゃんをおんぶする、小さな少年がいた

「……何してんだろ、俺」



ガシャン……ッッ…!!



開いたスマホを力任せに壁に投げつける

「…っ、!」

ふと、我に返る

「やっべぇー…」

カシャンと音を立てて落ちるスマホ

「…くそっ!!」

行き場のない彼の気持ちは

誰にも言えない、彼だけの秘密だった



「…塔也、起きてる?」

「…」

「…ご飯、リビングに置いとくね」

しばらくして、部屋の外から声がした

「…ん」

自分でも、聞こえるか聞こえないかの返事をして

彼は、深く眠りについた
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