Real Emotion
7 驚愕の再会と前途多難なリスタート
「今日から諸君と一緒に仕事をすることになった久野です。よろしく」
こんな声だったっけ?と思うほど硬質な冷たい声と
あの夜、涼しげで切れ長だと感じた目元は
涼しげというよりは冷酷さすら感じるほど鋭く
放たれる鋭利な切っ先のような視線に圧倒される。
無造作に額にかかる髪は同じだけれど、その面差しの印象はまるで別人の様で
会議中だというのに、まじまじと見入ってしまった。
アメリカのH大卒でMBAを取得したというこのエリート中のエリートは
ネクタイで締められた襟元にも、ピンと張った肩にも一分の隙もない。
蒼白い冷たい炎のようなオーラを纏っているようで、近寄りがたささえ感じる。
ピシリピシリと無駄なく要点を言い放つ様は
最上級の使い手から放たれる鞭の一振りのように鋭くキレがある。
あの夜の艶めいた甘やかな口調など微塵も感じられない。
これがあの彼と同一人物なの? 信じられない。
「・・・何か質問でも?」
そこの君、と視線に射抜かれた一瞬は心臓が止まったと思う。
失態。こんなに凝視すれば不審がられても仕方ない。
「い、いえ!あ、ありません!」
「なら結構。 君の名前は?」
「日下部茉莉子です」
「部署と担当は?」
「人材開発部で、新人採用と教育を担当しております」
「なるほど、目利きというわけだな」
「いいえ!とてもそこまででは・・」
「キャリアは?」
「4年目になります」
「運転は?」
「え?」
「車の運転だ。できないのか」
「いえ、できます」
「では日下部君、だったな。君には今から私の補佐を務めてもらう。よろしく頼む」
「え?あの」
「という事で、これ以降、他の諸君はそれぞれに動いてもらおう。
明日の朝9時にまたここに集まってくれ。以上だ」
散会しわらわらとドアを出ていく人の波に揺られながら立ちすくんでいた私は
「君は私に同行してくれ」と声を掛けた男の背を追いかけた。
着いたところは地下にある駐車場だった。
この男。たった今、私のボスとなった久野は
助手席のドアを開け、脱いだ上着をリアシートへ放り込むと
さっさと助手席に座り込んだ。
「あ、あの」
私は閉まりかけた助手席のドアから覗き込んだ。
「何だ?運転はできるんだろう?」
そういって久野は私にキーを差し出した。
運転しろ、という事か。
仕方なくキーを受け取って運転席側へと回りながら
気付いた事実に一抹の不安がよぎった。
「あの」
「まだ何か?」
「これ、左ハンドルなんですが」
「それがどうした?」
「えーっとですね。左ハンドル車の運転は未経験でして・・・」
「なら、早く慣れてもらおう」
「はぁ」
「早くしろ」
鬼! もぅどうなっても知らないから。
私は半ばヤケになってシートに座ると
イグニッションに差し込んだキーを回した。