Real Emotion
「何コレ、どういう意味?」
挨拶も名乗りの一言もなくいきなり会話になる相変わらずの不遜さも
別れを決めた私にはさほど不快ではないのが不思議だった。
「意味は一つしかないと思うけど」
『さようなら』 に別れることより他に意味があるというのか。
「本気?」
「ええ」
「あのさ、これで済むと思ってんの?」
「思ってないわ。ちゃんと会って話すつもりだった。でも居所がわからなかったから」
「空港に迎えに来たときに言うつもりだったのに、来ないから」
居場所を知らせなかった自分じゃなくて、迎えに行かなかった私を責める。
冷えた気持ちが一層冷えて硬くなっていく。
「来てくれとは書いてなかったわ」
「へえ・・・そういう事」
ふーん、と意味ありげに一人で納得した彼の真意がわからなかった。
「何?」
「今から行く」
「ダメよ!来ないで」
「なんで?会って話すつもりだったって言ったじゃん」
確かにそうだけど、今この部屋に彼を招き入れてしまったら・・・
たぶん納得していないだろう彼はそのまま居座ってしまうかもしれない。
そして押し切られてしまう。それじゃ元の木阿弥だ。
「わかった。じゃ私がそっちに行く。いい?」
「別にいいけど・・・」
「今、どこ?」
告げられたのは聞き覚えのあるホテルの名前だった。
ホテルの部屋で二人きりになるのにも抵抗はあるけれど仕方ない。
篤は海外のチームと契約をしたときに
借りていた自分の部屋を引き払ってしまった。
彼の両親は彼がまだ高校生の頃にアメリカへの永住を決め渡米した。
だから篤が日本で滞在する時はホテルか、私の部屋に居候していた。
それを嬉しくも誇らしくも思っていた。
仲の良い友人の家でもなく、親戚の家でもなく、私の部屋に帰ってくる。
その事実が自分は彼にとっての特別な存在なのだと自惚れさせた。
でも、それは私の独り善がりだった。
篤が帰国の連絡を寄越すのは、ただ迎えの足と寝泊りする場所を
ラクに確保したいだけだったのかもしれない。
彼にとって私は都合のいい女でしかなかったのかもしれない。
そんな事は今まで思ってもみなかったのに
冷静に考えれば考えるほどそうとしか思えない。
打消したくても打ち消すだけの要素が見つけられない。
けれど、もうそんな事はどうでもいい。
篤とは今日で終わりにすると決めたのだから。
私でない他の誰かで済むのなら、なにも私と付き合う意味はない。
私は愛した人のNo.1になりたいんじゃない。only one になりたい。
都合よく使える女なら他にもいるはず。
愛されてばかりで愛することを知らない男なら、いらない。
ハンドルを握る手に力を込めて、アクセルを踏みこんだ。
街の明かりを縫うように抜けた先に目指すホテルが見えてきた。
地下の駐車場に入り、車を停めてエレベーターに乗り込んだ。
今日は逢瀬の為じゃない。彼との関係を清算するためにここへ来たのだ。
しっかりするのよ、茉莉子!
バックの内ポケットに忍ばせてきた久野の名詞がお守り代わり。
気持ちが弱ってしまわないように。