ヒミツにふれて、ふれさせて。
・・・
珠理は、追いかけてこなかった。あの身体だもん、走ってくるなんて、無理に決まってる。
「…っ、はあ…」
ハニーブロッサムを出て、目の前にある通りを降りていく。
もやもやした気持ちは、胸にごろりと転がったまま。それでも、あそこの空間にいるのはつらいと思った。
ザクザクと、真っ暗な夜道を、スマホで明かりを照らしながら歩いていく。オジサンと会わないようにして帰ろうと思った。後から、またお詫びをしに行けばいいと思っていた。
…でも、コッソリと帰りたいと思っていたわたしの想いは、次の瞬間に掻き消されたんだ。
「…あれ?めごちゃん?」
「………っ、え」
聞こえたのは、さっき聞いた声。もっていたスマホで前を照らすと、そこには同じようにマフラーを巻いた近海くんが立っていた。
「…オーミ、くん…」
「あれ〜、まだいたんだ。ごめんねぇ、俺ね、さっき渡し忘れた大事なプリントを届けようと思って、結局ここに…って、え…?」
ヘラヘラとした笑いを浮かべながら、カバンからプリントを取り出している近海くんを見ていると、彼はわたしの方を見て、固まってしまった。
その顔を見て、わたしも不思議に思って首をかしげると、彼は周りをキョロキョロと見渡して、わたしに一歩近づいた。
「…どうした、なんで泣いてんの」
…そして、予想もしない言葉を紡ぐ。
「え…?」
“泣いている” なんて言葉を振りかけられる時って、大体人は、自分が泣いていることを自覚しているはず。それに気づかないで涙を流すなんてことはないって、思っていた。
…だから、自分で自分の頰に触れた時、冷たい水分が指に流れてきた時、本当に、本当にびっくりしてしまった。
「…あれ、ほんとだ…。わたし、なんで……」
「——…」
“なんで” なんて、わたしが知らないで、近海くんが分かるわけないだろう。何を言ってるんだろう。
…ていうか、わたし、早く泣き止めよ。