副社長のいきなり求婚宣言!?
*


「今夜は何か、予定はなかったか?」

「い、いえ、特には……っ」


 助手席のドアが開いた途端に流れ出てきた、かすかに甘さを含めた爽やかな香りが、今ガチガチに硬直する私の全身をくまなく包み込んでいる。

 リラックス効果がありそうな香りは気を抜くと頭をぼんやりと虚ろにさせようとしてくる。

 けれど、ここが副社長様の運転する車の中だということを思い出すと、息をするのもためらわれるほど盛大な緊張が私の身体を座席に縛り付けていた。


「まああったとしても、今日は上司命令として俺に付き合わせるつもりだったけどな」

「は、はあ……」


 軽く笑いながら、さらっと権力をチラ見せした隣に感じる強烈な気配を、横目で盗み見た。

 
 仕事終わりの金曜日。

 悲しいかな、副社長様のおっしゃるとおり、大した予定なんてございませんでしたけれども。

 今頃は、ワンルームの狭い家に帰り、一番楽な部屋着で缶ビールを煽って至福を噛みしめているはずだったのに。

 どうして、私は、夢のような場所にいるんだろう……??
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