gift
湊くんの呆れた声は、キラキラの歓声に掻き消された。
将棋の世界では浮きまくっているイケメンが、バイオリンを持って入ってきたからだ。

「ちょっと、あの人超イケメン! あー、背が高すぎて後頭部見えなーい!」

跳び跳ねようとする私を抑えて、背の高い湊くんがそつなくチェックする。

「ハゲてなかったよ」

「ハゲてない上にバイオリンまで弾けるの? もう罪だね!」

スピーカーを使っているわけでもないのにバイオリンの音はよく響いている。
子宮によく届くその音に、つい弱気な言葉がこぼれた。

「やっぱり、私を背負って生きるって重いのかな」

「重いよ」

聞こえないと思ったつぶやきは、音の隙間を縫って届いてしまったらしい。
湊くんはバイオリニストを見たままだけど、はっきりと聞こえるように話す。

「大事なものは何でも重いよ。俺は『贈り物』なら重い方を選ぶ」

『大事なもの』『贈り物』。
湊くんの中で私の位置付けはずっと変わっていない。
どんなに研究に没頭していても、私の気配には反応して顔を上げる。
駒の型が付いた私のほっぺたに爆笑しながら触れるけど、その指はとてもやさしい。
言葉をもらえなくても、お金をもらえなくても、湊くんの気持ちを疑ったことなんてなかった。
お互い想い合っていることと、それをお互いわかっていることを、私も湊くんもわかっているから。

ただ、妊娠してからは、どことなく距離を感じるだけ。

「大きなつづらには悪いものが入ってるんだよ?」

冗談めかして言ったけれど、声が震えた。
それを感じ取ったのか、張り出したお腹を撫でる手に、湊くんはそっと自分の手を重ねる。

「悪いものなんてない。中身も入れ物も」
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