gift
「それにしてもよく思い切りましたね」
満腹になってもケーキを諦めるつもりはなく、箱を空けながら改めて十五畳もあるリビングを見回す。
「豚に真珠」とはよく言ったもので、安い折りたたみテーブルと、安いカラーボックスと、小さなテレビと、ゴミ箱くらいしかないくせに、この広さは贅沢過ぎる。
その向こうには、岩本さんにはもったいない広めのシステムキッチンがあって、そこもベコベコした手鍋と、焦げ付いたフライパン、あとはコーヒーメーカーくらいしか置いていない。
片づいているというよりもスッカスカだ。
他にウォークインクローゼット付きの八畳間が二つ。贅沢過ぎるので、岩本さんなんてクローゼットで寝るのがちょうどいいくらいだ。
中古物件とは言っても十年は経っていないらしく、目利きでもない私の目には新築に見える。
「破格の値段で出てたから迷ってる間に売れちゃうと思って」
「いいなぁ」
「じゃあ、あやめちゃんが一緒に住んだら?」
美里さんが不自然なくらい完璧な笑顔で言う。
「今井さんなら大歓迎! いつでも待ってるよ」
「ありがとうございます。気が向いたら(向かないけど)連絡しますね」
岩本さんのこの程度の軽口はしょっちゅうなので、私も呼吸のついでにあしらった。
が、大きな音をさせて、美里さんがテーブルを叩いた。
折り畳む部分の金具がキイイイイッて言ったから、もう畳めなくなったかもしれない。
「なんなの!? 勝手にマンションなんか買って、あやめちゃんと住むの!?」
私にその気はまったくないのだが、とても口を挟める雰囲気ではない。
怒りの形相で、大きな目から涙をこぼす美里さんに、私と湊くんは呼吸さえ遠慮したほどだ。
「そんなつもりないよ。ただ、本当に破格の値段だったから……」
「じゃあ、ずーーーーーーっと一人で住むのね?」
「いや、俺だっていずれは……」
「『いずれ』っていつ?」
「えーっと……」
「いつ!」
岩本さんがテーブルから少しだけ下がり、フローリングにキスするみたいに、ペタッと美里さんに向かって土下座した。
「結婚してください」
(ええええええええええーーーーーーっ!!!!!)
無音で絶叫して美里さんに視線を向けると、涙の量を増やして何度もうなずいていた。
湊くんもさすがに驚いていて、居心地悪そうにお尻をもぞもぞさせている。
チャンスがあったら帰るつもりなのだろうけど、そんなチャンスはない。
私たちの存在なんてすっかり忘れているふたりは、正座のまま向き合って、涙に濡れる美里さんのほっそりした手を、岩本さんの肉まんじゅう(原材料=手)が包み込んで、やさしい笑顔で見守っている。
鼻をすすってそっと顔を上げた美里さんも、濡れた瞳を細めて幸せそうに笑った。
とても美しい光景ではあるが、このままだと見てはいけないシーンに突入してしまいそう。