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「仕事忙しかったの?」

ゆっくりお茶を一口飲んでも返事は返ってこない。

「ねえ」

こんなに近い距離で呼んでいて、イヤホンをしているわけでもないのに、湊くんの耳には届いていないらしい。

「ねえ! 湊くん!」

ほとんど叫ぶように呼びかけると、少しだけ目を見開いて私を視界に入れた。

「……俺?」

「他に誰がいるのよ」

いつもならもっと残業している人はいるけれど、今日は飲み会があったからみんな帰ってしまっている。

「飲み会忘れるくらい仕事忙しかったの?」

湊くんは、私と手元の中間あたりに視線をさ迷わせながら少し考えた。

「これ、やってたら楽しくなっちゃって、つい」

重い身体でのそのそと湊くんのデスクに行くと、パソコンにはたくさんのグラフが並んでいた。

「……これ、自分で作ったの?」

「やり出したら深みにハマって。趣味みたいなものだから残業は申請してない」

「それはどっちでもいいけど、うわー、細かい。ここまでやらなくていいのに」

過去の健康診断受診状況は、ざっと人数やパーセンテージを表にする程度でいいのに、人間ドッグの受診件数や予防摂取助成申請なども含め、年齢や性別ごとに細かいグラフまで作成されていた。

「それはそうだけど、数字見てるだけで楽しいっていうか」

「えー、数字とか面倒臭いよ」

「感覚主体で生きてるよね、今井さんは」

「それ、褒めてないよね?」

否定も肯定もせず私を放置して、彼はまたパソコンに数字を入力している。
飲み会すっぽかすほどのめり込むようなものだろうか。
まったく、変わった人だ。

放置された私は、湊くんの量の多い髪の毛(滝島課長に分けてあげればいいのに)の、切りそろえられたラインを視線でなぞった。
男のくせに色が白くて、天使の輪を載せた真っ黒な髪との対比で、うなじが妙に艶めかしい。
同じように白い耳も、指でラインをなぞりたくなるようなとてもいい形をしている。
姿勢のいい湊くんは、安物ながらスーツのサイズがきっちりと合っていて、後ろ姿なら格好よく見えなくもない。
滝島課長の裏面印刷は湊くんにしたらいいと思う。

左斜め後ろから見る姿は、メガネのフレームが見えるだけで表情はわからない。
繊細な印象の左手は長い指が軽やかに動いてとてもきれいだ。
その左手が止まり、口元に添えられる。
微動だにしなくなったのは、何か深く考えているからだ。
湊くんは思考に集中すると、じっと動きを止めて考えに耽る傾向がある。
きっと今も焦点が定まらない目で、頭の中を見ているのだろう。
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