gift
圧迫感だけで誰かわかったので、振り返りながら名前を呼ぶ。
「あの、どうかしました岩本さん?」
「今井さん、物品の発注データ出してみてくれる?」
ストレス太り(本人談)していたはずのお腹は、すっかり幸せ太り(本人談)で厚みを増し、今や「大人が十人手をつないでも幹の周りには届かない」という縄文杉のキャッチコピー(?)を思い出す。
「ここ、絶対間違ってると思う」
言われるままに開いたファイルの一点を、岩本さんの魚肉ソーセージのような指が示す。
『リングファイル(赤) 10箱』
「え? 違ってます?」
「うん。この品番、そもそも十冊入りが六箱入った箱の方だから、十箱だと六百冊。他に青と黄色も発注してるでしょ? 倉庫にとても入らないよ?」
「ああ! 本当だ! 十冊一箱と間違えてました! すみません」
「いや、いいんだけどね。今井さん、ちょっとミスがつづいてるんだ。俺が気づいて訂正できるところはしといたけど、何か大きなことやらかす前に、気を引き締めてもらえるかな」
やさしい岩本さんはやさしい言い方で注意してくれたけれど、やってることは社会人として大問題だ。
「本当にすみません。気をつけます。ご指摘ありがとうございました」
引き出しから出したおやつサラミをひと掴み、岩本さんのポケットに差し入れる。
きっと他にもミスしていて、岩本さん以外の人にも迷惑をかけているのだろう。
ここ最近癖になってしまった方向に顔を上げると、無表情の湊くんと目が合った。
何も言わないし、表情も変えないけど、「しっかりしろ」と目が言っている。
謝るように俯いた先に、もうあの花はないけれど、原因がはっきりしているだけに彼の視線は堪えた。
恋のはじまりは、いつだって誰だって浮かれている。
だけど、これまでは仕事に支障をきたすようなことはなかった。
別に手を抜いているつもりはないのに、気づくとぼーっと湊くんを見ていたり、あの夜を思い出して赤くなっていたりする。
恋をエネルギーに変える人もいるけど、私の場合は違うらしい。
気合いを入れて見直した発注は、岩本さんの指摘以外にも二カ所間違っていて、使用頻度の高くない緑色のペンを十年分くらい買うところだった。