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そんな湊くんの入社の経緯には、どうも社長が深く関わっていたらしい。
それで納得。
だって、うちの社長は湊くんより変わっているのだから。
「おはようございます、社長」
「あ、おはよー」
「社長、おはようございます」
「はいはい、おはよー」
毎朝エントランスで、用務員のおじさんにしか見えない作業着姿の社長に、出社してきた社員たちが深々と頭を下げて挨拶する。
「会社の玄関とトイレはいつも清潔でピカピカに!」というモットーには賛成だけど、何も社長自ら作業着にならなくても、とみんな思っている。
エントランスはともかく、トイレ掃除をさせるのには抵抗があるので、たくさんの社員が代わりを申し出ても、
「これは僕のポリシーだから! 僕はトイレ掃除で会社をここまで大きくしたんだ! 初心忘れるべからず!」
と、トイレブラシを抱き締めて駄々をこねるらしい。
本気で汚れたトイレを社長に掃除させるわけにはいかないので、清掃会社の人には社長の目を盗んで掃除していただいている。
そんな毎朝の光景の中で、社長は時折湊くんにだけ、個人的に声を掛けることがあるのだ。
「おはようございます」
軽い会釈程度で通過しようとする湊くんの行く手を、モップと社長が遮る。
「湊くん、おはよう! そろそろ今日あたりどうかな?」
「━━━━━はい。わかりました」
社長相手でも愛想の欠片もない湊くんは、社長の隠し子なんじゃないかとか、社長の弱みを握っているんじゃないかとか、「まさか……恋人……!」なんて私の貧相な想像力をかきたてた。
「ねえねえ、社長と何があるの?」
野次馬根性に勝てず、お昼ご飯から帰ってきた湊くんに、食後のデザートがてら聞いてみたこともある。
しかし、
「別に。ちょっとした頼まれ事」
と、やっぱり嫌そうに答えて、日本刀のごとき「話しかけるな」オーラを振りかざす。
湊くんの秘密主義が面白くなくて、ヤツのホチキスの針をこっそり抜いてしまうなんて、誰だって当たり前にすることだ。
カスカスという腑抜けた音がして、斜め向かいのに目をやると、湊くんはホチキスを開けて中を確認しているところだった。
私の視線に気づき、そして犯人にも気づいた湊くんは、わずかにムッと目を細めたものの、無言で針を入れ直した。
それを見て私は声を殺し、身をよじって爆笑する。
「またあやめちゃんは、湊くんにイタズラしたの?」
たしなめる言葉を、しかし笑いながら言うのは、私と湊くんの先輩で指導係の竹林美里さん。
湊くんと同い年なのに、とっっっても大人で頼りになる。
「“イタズラ”なんて、そんな。ほんのご挨拶です」
「あんまりいじめちゃダメよ。せっかく育ったのに辞められたら困るから」
「美里さんだって、岩本さんをいじめてるじゃないですか」
大きなお腹を、たふんたふんと揺らして歩く男性(三十代独身)を、目で追いながら反論する。
「あれはコミュニケーションの一環よ」
「じゃあ私のもコミュニケーションの一環です」
「そっか。それなら仕方ないね」
特別人数が多いわけでもない課内で、こうしてコミュニケーションの輪は広がっていく。
それで納得。
だって、うちの社長は湊くんより変わっているのだから。
「おはようございます、社長」
「あ、おはよー」
「社長、おはようございます」
「はいはい、おはよー」
毎朝エントランスで、用務員のおじさんにしか見えない作業着姿の社長に、出社してきた社員たちが深々と頭を下げて挨拶する。
「会社の玄関とトイレはいつも清潔でピカピカに!」というモットーには賛成だけど、何も社長自ら作業着にならなくても、とみんな思っている。
エントランスはともかく、トイレ掃除をさせるのには抵抗があるので、たくさんの社員が代わりを申し出ても、
「これは僕のポリシーだから! 僕はトイレ掃除で会社をここまで大きくしたんだ! 初心忘れるべからず!」
と、トイレブラシを抱き締めて駄々をこねるらしい。
本気で汚れたトイレを社長に掃除させるわけにはいかないので、清掃会社の人には社長の目を盗んで掃除していただいている。
そんな毎朝の光景の中で、社長は時折湊くんにだけ、個人的に声を掛けることがあるのだ。
「おはようございます」
軽い会釈程度で通過しようとする湊くんの行く手を、モップと社長が遮る。
「湊くん、おはよう! そろそろ今日あたりどうかな?」
「━━━━━はい。わかりました」
社長相手でも愛想の欠片もない湊くんは、社長の隠し子なんじゃないかとか、社長の弱みを握っているんじゃないかとか、「まさか……恋人……!」なんて私の貧相な想像力をかきたてた。
「ねえねえ、社長と何があるの?」
野次馬根性に勝てず、お昼ご飯から帰ってきた湊くんに、食後のデザートがてら聞いてみたこともある。
しかし、
「別に。ちょっとした頼まれ事」
と、やっぱり嫌そうに答えて、日本刀のごとき「話しかけるな」オーラを振りかざす。
湊くんの秘密主義が面白くなくて、ヤツのホチキスの針をこっそり抜いてしまうなんて、誰だって当たり前にすることだ。
カスカスという腑抜けた音がして、斜め向かいのに目をやると、湊くんはホチキスを開けて中を確認しているところだった。
私の視線に気づき、そして犯人にも気づいた湊くんは、わずかにムッと目を細めたものの、無言で針を入れ直した。
それを見て私は声を殺し、身をよじって爆笑する。
「またあやめちゃんは、湊くんにイタズラしたの?」
たしなめる言葉を、しかし笑いながら言うのは、私と湊くんの先輩で指導係の竹林美里さん。
湊くんと同い年なのに、とっっっても大人で頼りになる。
「“イタズラ”なんて、そんな。ほんのご挨拶です」
「あんまりいじめちゃダメよ。せっかく育ったのに辞められたら困るから」
「美里さんだって、岩本さんをいじめてるじゃないですか」
大きなお腹を、たふんたふんと揺らして歩く男性(三十代独身)を、目で追いながら反論する。
「あれはコミュニケーションの一環よ」
「じゃあ私のもコミュニケーションの一環です」
「そっか。それなら仕方ないね」
特別人数が多いわけでもない課内で、こうしてコミュニケーションの輪は広がっていく。