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「お願いがあるんだけど、運転は今井さんがしてもらえないかな?」

男手があれば付き添い程度でいい、と思っていた私の目論見を見越したように、湊くんはそんなお願いをしてきた。

「なんで? 湊くんってまさか運転免許も持ってないの?」

うちの課は社用車の管理も担当しているので、運転免許は必須だ。

「免許は持ってるけど」

「ペーパードライバー?」

「それに近いかな。なるべく車は運転しないようにしてる」

「えー! 私だってバンの運転なんて慣れてないよ。できるなら湊くんが運転して」

「俺の運転は事故を起こす確率が高い」

湊くんは、データ分析の結果報告みたいに言い切った。

「そんなに下手なの?」

「技術的な話じゃない。運転中って、どうしても考え事してぼんやりしちゃうんだ。昔、赤信号を全部無視してたらしくって、それ指摘されてから運転やめた」

いったい何をどれだけ考えたら、赤信号全部無視なんてことになるのだろう。
だけど悲しいことに、表情を変えずに赤信号を突っ切る湊くんが、ありありと思い描けた。

「わかった。私が運転する。その代わりナビはよろしくね」

鍋五十個がガタガタ騒ぐバンを発進させて、とりあえず高速を目指す。

「高速に乗るところまでは行けるけど、その後わからないからナビ設定してくれる?」

実家は田舎で車の運転は必須。
だからそれなりに慣れているつもりだけど、都内でしかもバンの運転ともなると、のんきな会話をしかける余裕もない。
キョロキョロと落ち着きなく辺りを確認しながら、どうにか高速に乗って、ようやく肩の力を抜いた。
そしてすっかり忘れていた助手席の存在を思い出す。

「あれ? ちょっとちょっと! 何してるの?」

湊くんはナビの設定もすることなく、のんきにテレビなんか観ていた。
余程集中しているのか返事もしない。

「おーい、湊くーん。おーい。おーい! おい! 湊っ!!」

バシバシ叩くと、魚が跳ねるみたいにビクッと反応した。
やっと事態に気づいたらしい。

「何してるの。ナビ設定してよ」

「あ、ごめん」

湊くんは慌ててテレビ(しかも、そんな番組観る人いるの? ってくらい地味なやつ)からナビ画面に切り替えて、電話番号検索をしている。

「本当に車だとぼーっとしてるんだね。湊くんこの仕事不向きじゃない?」

「うん。トラックとかタクシーの運転手はできないと思う」

「じゃあ何でこんな仕事引き受けたのよ。罰としてお昼おごって!」

「……何がいい?」

気づけば、デートの約束を取り付けることに成功していた。
無欲の勝利!

「おいしいもの!」

「またそういう面倒な……」

心底面倒臭そうに、湊くんは窓の外を向いてしまう。
車の間を縫って走るバイク便を、死んだ魚のような目で見送っていた。

私は図々しい性格だと自覚しているけど、それなりに空気は読むし、拒絶されればちゃんと傷つく。
だけどどうして湊くんだと、うるさいなぁ、という沈黙さえ、うれしくなってしまうのだろう。

好きな人を乗せた運転は、鍋の音さえ弾んで感じられる。
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