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「湊くんって、デートでも蕎麦屋に来るの?」
ちょうど昼時。満席の蕎麦屋で、苦手なひじきの煮物をこっそり湊くんのお盆に移しつつ詰め寄った。
湊くんは、ここしか知らない、と小さな蕎麦屋さんに連れて来てくれたのだ。
ここの定食は、ミニ蕎麦にミニサイズのご飯ものがつくらしく、私は唐揚げと白ご飯、湊くんは海鮮丼を頼んだ。
蕎麦はお互いに冷やし蕎麦。
「これはデートじゃない」
湊くんはひじきの小鉢と私を交互に見たあと、自分の小鉢に中身を移して、空っぽの小鉢を返して寄越す。
「じゃあ湊くんがデートした場所ってどこ?」
自分の蕎麦に一味を振ってから、それを湊くんに渡す。
「教えない」
「もしかして、デートしたことない?」
「教えない」
身を乗り出す私を軽くいなして、一味を元の位置に戻し、軽く手を合わせてから早速蕎麦をすすり始めた。
「休みの日は何してるの?」
「別に何も」
「趣味とかないの?」
「ない」
「学生時代に部活してなかった?」
ずずーっと勢いよくお蕎麦をすすり上げて、とうとう返事もしなくなった。
「つまんなーい。あっっっつ!!」
ふてくされて勢いよくかじりついた唐揚げが、思いの外熱くて、きっと今歯を火傷した。
しかし、テーブルの上には夏だというのに熱いそば茶しかない。
涙目で視線をうろつかせていたら、湊くんが給水機から冷たいお水を持ってきてくれた。
私の方にコップを滑らせると、また黙々と海鮮丼を口に運ぶ。
「……ありがと」
お水で多少落ち着いたけど、口の中はヒリヒリしたまま。
強制的に黙らされた私は、しばらくの間黙ってご飯をいただくことになってしまった。
飲み会なんかで何度も一緒に食事したのに、こうやってふたりきりは初めてだった。
いつも俯き気味なくせに不思議と姿勢は良く、キリッと伸びた正座で、きれいな手がスイスイ蕎麦を運ぶ。
「今井さん」
「ん?」
「さっきから何見てるの?」
「湊くん」
「……見なくていいから食べれば?」
顔を背けられ、仕方なく蕎麦に箸を入れる。
「ねえ、湊くん」
「なに?」
「私、湊くんに振られたよね?」
蕎麦つゆでも鼻の奥に入ってしまったのか、湊くんが苦しそうに咳込んだ。
私は紙ナプキンを渡して背中を叩く。
少しして落ち着いた湊くんが、感謝する素振りをみせたので、自分の席に戻る。
湊くんの方は呼吸を整えつつ、ぬるくなった蕎麦茶を飲んでいた。
「今井さんって遠慮ないよね」
「なかったことにするつもりだった?」
「いや、あれは現実だから」
残念。
やっぱり現実だったらしい。
口を尖らせて蕎麦を咀嚼する。
蕎麦に不満はない。
おいしい。
「湊くんに言われたことはもちろんちゃんとわかってるのに、なんか失恋したこと忘れちゃう」
湊くんは少しだけ私の方を見ていたけれど、再び蕎麦をすすり始めた。