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「うー、もう無理」

いくらミニサイズとは言え、蕎麦に唐揚げ、白ご飯、サラダ(あとひじきの煮物とお漬物)は多すぎる。
蕎麦だけなんて腹持ち悪い、という男性向けの商品だったに違いない。
お得だからって流された私が悪かった。

お盆の上にため息を落としていると、目の前からすっと手が差し出される。

「よかったら、残り食べる」

「いいの?」

「最初からどうせ無理だと思ってた」

歯型のついた唐揚げはさすがに自分で食べて、私のお盆と、空になった湊くんのお盆を丸ごと交換する。
他人の残したものなんて、普通は嫌だと思うのに、当たり前みたいな顔で平らげていく。

「ねえ、湊くん」

「なに?」

「私たちって、キスしたよね?」

ばちん、と音をさせて湊くんは口を手で押さえた。
反対の手で、待て、と私を制する。

「……今井さん、本っ当に遠慮ないね」

「夢じゃなくてよかった」

「夢だよ、あれは」

「感慨深いな。ついに湊くんとデートなんてさ」

「デートじゃない」

「だってこれ仕事じゃないし、デートでしょ」

「デートじゃないから」

「あれ、湊? 久しぶり。デート中?」

「だからデートじゃないって」

返事をしてから、湊くんはびっくりしてご飯から顔を上げた。
ちょうどお会計を終えた男性グループのひとり、メガネをかけた理知的な雰囲気の若い男性が、隣に立っている。

「……………え?」

表情に乏しい湊くんの、こんなに驚いた顔は珍しい。
それに反して、男性は懐かしげに穏やかな笑顔を向けている。

「就職したって聞いたけど本当?」

「え、ああ、うん」

「仕事はどう? 慣れた?」

「まあ」

「この前の見たよ。調子いいみたいだな」

「普通だよ」

部外者なのに聞くのはよくないかな、と思ってお茶を飲みつつ視線を外す。

「謙遜するなって」

「別にしてない」

私の質問に答えるとき同様に、湊くんの返事は簡素だった。
だけど面倒臭いとか適当にあしらっているわけではなくて、親しさゆえの素っ気なさのようだった。
男性も気軽な調子でポンッと肩を叩く。

「元気そうでよかった」

所在なげにぼーっとしていた私にも、男性は紳士的に頭を下げた。

「湊のこと、よろしくお願いします」

「あ、はい」

ポカンとしたままこちらも頭を下げると、男性は満足そうに笑って帰っていった。
その背中が引き戸の向こうに消えてから、ようやく湊くんは冷めた白ご飯を食べ始める。

「えーっと、誰? って聞いてもいい?」

いつもみたいにズケズケ質問できる雰囲気ではなくて、控えめにそう聞いてみた。

「昔の知り合い」

「『調子いい』って何のこと?」

「さあ」

私の質問に、湊くんはいつも面倒臭そうな顔をする。
それすら面白くて好きだけど、今はあまりに真剣な顔をするから踏み込めない。
湊くんは次々ご飯や唐揚げを口に詰め込んで、言葉を発しなかった。
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