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「『残業も休日出勤もなくて、平日もときどき休める方法はありませんか?』って言われた」
「なんですか? そのやる気0%宣言」
「時間が欲しいんだって。無理なら辞めるとまで言われたよ」
「時間って?」
「それは聞いてない。でも事業所の方なら本社より忙しくないし、正社員じゃなくて契約社員だったら、希望に近い条件になるよって教えた」
課長も本当に知らないらしく、私と同じようにその理由に思いを馳せている。
そのどこかしんみりした空気を切り裂くように、山盛りのパスタが降ってきた。
「はーい、岩本さん、課長。この店の一番人気メニューでーす!」
やってきた四種のチーズの生パスタを、夏歩ちゃんは大盛りにして岩本さんと課長に分配したようだ。
以前「私ゴルゴンゾーラチーズ苦手なので」と言っていたから、処理を任せたに違いない。
こだわりのない私は、手近にあったミートソースをすすりつつ、片手間に課長のグラスに白ワインを注ぎ足す。
「今井さんは、なんで湊さんと付き合ってないの?」
相変わらず優雅に飲む課長のワインが、なぜかロゼっぽい色合いになってしまったことは、あえて指摘しない。
証拠隠滅のため、本物のロゼを追加注文しておく。
「課長は、なんで私が湊くんを好きって知ってるんですか?」
「あれだけ懐いてて、別の人と付き合ってたことの方が異常だよ。課のメンバー全員『いつ付き合うんだろう?』って言ってたんだから」
「あ、そうでしたか」
これ以上余計なことを突っ込まれたくないので、話す暇を与えないペースで課長にお酌をした。
「課長には言うまでもないことですけど、男女の間はいろいろありますよねぇ」
「そうだね。難しいよ」
トロンとした声は切なげで、私まで胸が締め付けられた。
涙が出る前にワインで体内に押し戻す。
「でも、好きだって気持ちは、どうしようもないじゃないですか」
見渡す限りのボトルは空になっていたので、岩本さんが注文していたビールを、本人がトイレに立っているのをいいことに、課長のワイングラスに注ぐ。
ビールが減った分は、ワインクーラーの中の氷をぶち込んで誤魔化しておいた。
「場合によっては、抑えないといけないときもあるよ」
課長は何色なのかわからない液体も、一気に喉に流し込む。
新しいワインを運んで来た店員さんに、岩本さんが
「イタリアではビールに氷を入れるんですねぇ!」
と感心した様子で話しかけていたれど、素知らぬ顔で課長にワインを勧めた。
「課長もそんな恋愛することあるんですか?」
「そうだね」
「辛いですね」
「辛いよ。もう我慢も限界で」
「我慢なんて必要ないですよ! 言っちゃえ、言っちゃえ。課長にストレスは厳禁です! (ハゲるから)トイレ行ってきまーーす」