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だって、湊くんは突っ込みどころが多すぎるのだ。
社長と親しいくせに、湊くんは入社当初、自社のことなんか何も知らなかった。

私が勤めているミサワ金属工業は、フライパンや鍋などの調理器具を製造・販売している。
戦前に炊飯鍋や飯盒(はんごう)を作っていた工場から発展し、今は家庭用の調理器具や、ホテルやレストランなどへ要望に応じた製品を卸している。
私がいる本社と、ここから電車で一時間半ほど離れた隣県に事業所と工場があるだけの、大きくもない会社だ。
歴史はそれなりにあるものの、歴史だけで売り上げが維持できるわけではなく、我が社の業績は、大手や海外メーカーの隙間を縫う力によってギリギリ維持されている。
それでも完全に国産で、アフターケアにも十分な対応をしているので、海外メーカーで酷い目に遭った方からはものすごく喜ばれたり、大手では対応してくれないようなニッチな注文に応えて芋蔓式に注文が入ったり、地味に生き残る道を見つけていた。
しばらく前のパンケーキブームの折りに有名になった老舗カフェで、長年使用されているパンケーキ専用フライパンも、うちで特注で作っているものなのだ!
……ということも、湊くんは何も知らなくて、

「あ、鍋屋なんだ、ここ」

と、出勤初日につぶやいたという伝説がある。
いったい何屋だと思って、社長が毎日毎日磨きをかけているエントランスをくぐって来たのだ、この男。

就活戦争をくぐり抜けてきたなら、当然身に付いているはずの常識は何もわかっていなくて、

「おい、こら、湊! 企業名の後は『様』じゃなくて『御中』だよ!」

と、美里さんがカバーしきれない基礎の基礎の基礎なんかは、同期のよしみで私が尻を叩いてやった。
湊くんは黙々と「様」に修正テープを引っ張って、私に「書き直せ!」と新しい封筒を突きつけられたりしていたっけ。

私はずっと、湊くんが変人だから常識がないのだと思っていた。
実際、変人だし、ダメなところもたくさんあるのだけど、どうしてそこまで社会性に欠けていたのか、考えることすらせず毎日を過ごしていた。
理由を知った今となっては、考えたところで思いつくはずもなかったと思う。
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