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着いてしまえばお金を払わないといけないので、しぶしぶ手を離してお財布を出した。
けれど湊くんは「いいから降りて」と私を促す。

「どうもありがとう。お茶くらい淹れるから、上がっていって」

そう言って先にエントランスに入る。
けれど、湊くんはタクシーを待たせたまま、エントランスで立ち止まった。

「簡単にそんなこと言わない方がいい。襲われるよ?」

静電気のようにピリピリした圧力を、湊くんは発していた。
だけど湊くんがこのまま別れるつもりなのだとわかったら、機嫌なんて私の方がずっと悪くなった。

「湊くんになら襲われたいよ!」

ドンッと強く湊くんの胸を叩いた。
運動なんて全然していなそうで、吹けば飛ぶと思っていたのに、全身で私を受け止めても揺らがない。
それがまるで湊くんの心そのもののようで、一層悲しかった。

「私、諦められない! 諦められないなら、諦めなきゃいいんだもん。気が済むまで追いかけるから!」

湊くんはメガネの奥で切れ長の目を見開いた。

「今井さんって、本当に……」

「何よ」

「何も知らないくせに、適当に思いつきで言ってどうせ全部忘れるくせに、なんでそうピンポイントで……」

「だから何なの?」

このパターンはもうわかっている。
どんなに聞いても湊くんに答える気はない。

湊くんは私の頭に左手を乗せて、撫でるようにしながらも押し戻して距離を取る。

「元気でね」

向けられた笑顔はいっそ晴れやかで、そこには私に対する愛情があるように見えた。
振り返ることなくエントランスを出て行く背中を、まとまらない感情に翻弄されながら見送るしかできない。

どのくらいそうして立っていたのか。
言葉とちぐはぐな湊くんの態度を、説明できる理由はとうとう見つからず、のろのろした動作でエレベーターのボタンを押す。

部屋に入って電気をつけ、着替えようとしたところで、わずかにカーテンが開いていることに気づいた。
閉めようとしたとき、タクシーのテールランプが目に入り、あわてて窓を開ける。
湊くんが、ちょうどタクシーに乗り込んで行くところだった。
もうとっくに帰ってしまったと思っていたのに。

身を乗り出しても、見えるのは薄暗い街灯に照らし出されたタクシーの後ろ姿だけ。
それもすぐに見えなくなった。
それでもその余韻を感じて、秋風が身体の芯を冷やすまで、ずっと通りの向こうを眺めていた。
きっと湊くんもこの風に包まれながら、私の部屋の電気がつくまで、待っていてくれたのだろう。

その気持ちだけで、ずっと湊くんを想っていける気がしていた。






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