gift
『君には何をどう話したらいいのかわからないので、とにかく順番に書きたいと思います。
話が前後してしまったり、説明不足だったり、配慮が足りなかったりするかもしれないけど、先に謝っておきます。
ごめんなさい。』

真剣に話す湊くんの声が聞こえてきそうで、自然と姿勢を正していた。

『まず、何を置いても話さなければならないのは、俺が奨励会にいたということです。
奨励会、俺にとっては大きな存在だけど、世間では知られていないのかな。
君も知らないものとして、簡単に説明します。

奨励会は新進棋士奨励会というのが正式名称で、将棋のプロ棋士を育てる養成機関です。
いろいろ言いたいことはあるけど、ただ一言、とても厳しい、とだけ言っておきます。

現状を知っている君ならわかると思うけど、俺はプロにはなれなかった。
中学一年の時入会して、三段にまでなったけど、二十六歳までの人生が全部無駄になった。

二浪どころじゃない。
四年、つまり八期。
俺は四段に挑戦してとうとう上がれなかった。
俺がなぜ二十六歳まで就職もせずにいたのかというと、そういうことだったんだ。』

一度手紙を置いて、スマホで「奨励会」と検索した。
多くは小学生から中学生の間に入会して、将棋の腕を競い合いながら、段位を上げていくところらしい。
それは入会するだけでも大変なもので、「天才」や「神童」と言われる少年たちばかりが、七十~百人受験して合格者は約三割。
その三割に入った者同士が、血を流す想いでプロを目指す。
そこは、精神を病んで去っていく人もいるような地獄らしい。

それでもプロと呼ばれるのは四段になった者だけで、そうなれるのは年間で四人だけ。
入会できた人の、さらに一割ほどだという。

6級から1級までの昇級も、初段から三段までの昇段も、いくつか規定はあるけれど、どれも勝率七割越えが必要。
つまり、選ばれた者の中で、ずっと七割以上勝ち続けなければならないらしい。
湊くんはその七割の壁を突破して三段にまでなったのに、どんなに強くたってアマチュアなのだ。

湊くんが辞めたのは、奨励会は二十六歳までに四段になれなければ強制的に退会させられてしまうから。
というのも、三段になると勝率に関係なく、半年にリーグ戦を十八戦して、上位二名だけが四段に上がれる仕組みになっているせいだった。

病気ではなかった。
遊んでいたわけでもなかった。
湊くんは私と出会うまで、必死に夢を追っていたのだ。
タイムリミットが近づくことを意味する誕生日を、祝うこともなく。
< 54 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop