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「折笠先生のファンなんですか?」
店員さんが優しげに言う。
この表紙の人は折笠さんというらしい。
名前を聞いてもやっぱり知らない。
「いえ、すみません。本当はこの人に会いたいんじゃなくて、私の知り合いと連絡が取りたいだけなんです。この折笠さんなら、知ってるんじゃないかと思っただけで」
「そのお知り合いも棋士ですか?」
「いえ、アマチュアです。でも昔は奨励会にいたって」
「その人の名前を伺っても?」
「あ、はい。湊純志朗っていうんですけど」
「ああ、なんだ。湊か」
店員さんは慣れた様子で名前を呼び捨てた。
「知ってるんですか?」
「うん。奨励会時代から親しかった」
急にくだけた口調に、私も一気に親しみを覚える。
「会わせてください!!」
店員さんの服にしがみつくと、「うわあああっ!」と彼がのけぞって、せっかく積んだばかりの雑誌が崩れた。
「ああああ、すみません! すみません!」
慌てて雑誌を拾うと、「あ、大丈夫ですよ」と笑顔を返してくれた。
「湊と連絡は取れるけど、俺の一存で約束はできません。とりあえず名前を伺って、湊に意志を確認してみましょうか?」
床に落ちた雑誌のほこりを払いながら、店員さんは元通りに積み直していく。
「湊くんはきっと『会わない』って言うと思います。電話番号も変えちゃったし」
「聞きにくいけど、痴情のもつれ?」
「言いにくいけど痴情のもつれです」
「湊が会いたくないなら、俺でも取り継げないですね」
やっぱり申し訳なさそうな笑顔で店員さんは言う。
やっと見つけたと思った手がかりは、それも湊くんの意志で切られてしまった。
「じゃあ、もうここで待ち伏せするしかないかな」
キョロキョロ見回して長時間待機できそうな場所を探す。
他に手はなさそうだし、棋戦があるときならきっと見つけられるはずだ。
「申し訳ありませんが、ストーカー行為なら警察に連絡させていただきますよ?」
一転してピリッとした鋭い空気になって、私の目の前に立ち塞がる。
さすがに危ない状況だった。
私の立場は本当に犯罪スレスレ……、と考えて、それを利用することを思いついた。
「はい! よろしくお願いします! それで湊くんにそう伝えてください。『今井あやめを、ストーカー行為で警察に引き渡すぞ!』って」