gift
ずっと「いつか話す」という言葉を信じるともなく信じていた。
のんびり過ぎる関係でも構わなかった。
だけど、離れて行くなら話は別。
白黒はっきりさせなければ、私は前に進めない。

湊くんは何も言わない。
貝の方がパクパク反応するからマシなくらいに、何も言わない。
本当に拒絶したいなら、いやって言えばいいのに。
そうしたらいくら私だって、好きな人にいやって言われたらひるむし引き下がるのに。

「私のこと……『きらい』?」

言葉にするだけで涙が出る。
いざとなると怖くて、うなずけないように首を絞める力を強めた。

湊くんはうなずかなかった。
けれど、私の手を優しく引き離す。
そしてやっぱり、

「ごめん」

と絞り出すように言った。

「『ごめん』じゃわからない! 何がごめんなの? ねえ!」

きっともう私が何を言っても、湊くんの意志は変わらない。
それが手を通してよく伝わってきた。だけど私も引けなかった。

「今井さん、ちょっと落ち着いて座って」

すっかり忘れていたけど、前郷さんが私の肩を強めに掴んで湊くんから引き離し、イスに押しつけた。

「とりあえず今井さんは俺に預けて、湊は帰って」

「やだ! 帰っちゃダメ!」

ここで離れたらもう二度と会えなくなる。
前郷さんの手をふりほどいて湊くんにしがみつくけど、男の人の強い力で再びイスに戻された。

「大丈夫だから。湊、今井さんには俺から連絡先教えるよ。だから電話があったら、ちゃんと出てあげて。悪いことにならないように俺が話すから」

湊くんはくったりとうなずくような謝るような、中途半端に頭を下げてドアに向かった。

「あ、そうだ! 湊、これ」

その背中に前郷さんが小さなメモを差し出す。
振り返った湊くんは惰性でそれを受け取った。

「有坂の連絡先。『そろそろ俺に会いたいんじゃないですか?』って」

「でも、忙しいでしょ」

「『借りは返したい』って。遠慮しなくていいと思うよ。VS(1対1の研究会)付き合ってくれる機会は逃さない方がいい」

「古いことを。律儀すぎる」

そう言ってクシャッと紙を丸めたけれど、それをちゃんとポケットにしまってバックヤードを出ていった。
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