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湊くんを帰したのは正解かもしれない。
彼の姿が見えなくなって、私はようやく冷静さを取り戻した。
大人しく座って、熱くなった額に手を当てる。
「すみません。取り乱しました」
「うん。見ててわかった」
前郷さんは急須にお湯を注いで、冷めたお茶を淹れ直してくれた。
出涸らしの煎茶は薄く色づいただけのお湯だったけれど、その湯気だけで、冷房で冷えた身体と落ち込んだ気持ちがぬくもった。
「今井さんの気持ちはよくわかった。もどかしくて辛いと思う。だけど俺は湊の気持ちもわかるから、待ってあげて欲しいと思う」
「いつまで?」
前郷さんはカレンダーを見る。
「早くて……あと半年、かな」
日付を数えるように目線が動く。
「半年……」
「今井さんは『プロ編入試験』って聞いたことある?」
「湊くんが受けるやつですよね? かんたんにネットで調べた程度しか知りませんけど。そんなに大変なことなんですか?」
前郷さんは笑いながらうなずいて、ここまでくる方がもっと大変だけどね、と言った。
プロに勝つということは確かに大変なことだけど、プロと対戦できるところまで行くことが難しいのだという。
アマチュア棋戦はトーナメント戦だから、一度でも負ければ終わり。
そこで優勝するかそれに準じるような成績を残さなければ、そもそもプロと対戦することすらできない。
アマチュアの中には、湊くんと同じように、かつて奨励会に在籍していた人も多くいて、どんどん棋力が上がっている。
強豪と呼ばれる人の中には、プロと一緒に研究会をしている人もいる。
そんな彼らの中を勝ち上がり、初めてスタートラインに立てるのだ。
湊くんは先日その難関の規定を、ものすごいスピードでクリアした。
奨励会員の有段者は、退会後一年間、アマチュア棋戦に出られないという規定がある(級位者は含まれない)。
湊くんは一年が経過してすぐに棋戦に復帰して、あっという間にアマチュアトップクラスに入り、プロにも次々勝っていった。
それでも二年近くかかったという。
規定をクリアしてから編入試験の申請までは一ヶ月以内。
そして申請が受理されてから、試験開始までは二ヶ月。
将棋の研究をするには、十分とは言えない時間なのだそう。
『あと三~四年はずっと忙しいと思う』
あれは、それでも小さく見積もった時間だったのだ。
彼の姿が見えなくなって、私はようやく冷静さを取り戻した。
大人しく座って、熱くなった額に手を当てる。
「すみません。取り乱しました」
「うん。見ててわかった」
前郷さんは急須にお湯を注いで、冷めたお茶を淹れ直してくれた。
出涸らしの煎茶は薄く色づいただけのお湯だったけれど、その湯気だけで、冷房で冷えた身体と落ち込んだ気持ちがぬくもった。
「今井さんの気持ちはよくわかった。もどかしくて辛いと思う。だけど俺は湊の気持ちもわかるから、待ってあげて欲しいと思う」
「いつまで?」
前郷さんはカレンダーを見る。
「早くて……あと半年、かな」
日付を数えるように目線が動く。
「半年……」
「今井さんは『プロ編入試験』って聞いたことある?」
「湊くんが受けるやつですよね? かんたんにネットで調べた程度しか知りませんけど。そんなに大変なことなんですか?」
前郷さんは笑いながらうなずいて、ここまでくる方がもっと大変だけどね、と言った。
プロに勝つということは確かに大変なことだけど、プロと対戦できるところまで行くことが難しいのだという。
アマチュア棋戦はトーナメント戦だから、一度でも負ければ終わり。
そこで優勝するかそれに準じるような成績を残さなければ、そもそもプロと対戦することすらできない。
アマチュアの中には、湊くんと同じように、かつて奨励会に在籍していた人も多くいて、どんどん棋力が上がっている。
強豪と呼ばれる人の中には、プロと一緒に研究会をしている人もいる。
そんな彼らの中を勝ち上がり、初めてスタートラインに立てるのだ。
湊くんは先日その難関の規定を、ものすごいスピードでクリアした。
奨励会員の有段者は、退会後一年間、アマチュア棋戦に出られないという規定がある(級位者は含まれない)。
湊くんは一年が経過してすぐに棋戦に復帰して、あっという間にアマチュアトップクラスに入り、プロにも次々勝っていった。
それでも二年近くかかったという。
規定をクリアしてから編入試験の申請までは一ヶ月以内。
そして申請が受理されてから、試験開始までは二ヶ月。
将棋の研究をするには、十分とは言えない時間なのだそう。
『あと三~四年はずっと忙しいと思う』
あれは、それでも小さく見積もった時間だったのだ。