gift
「待っててあげられないかな?」
懇願するような口調で言われた。
「好きになって欲しい自分がいるんだよ。湊は今、必死でそれになろうとしている。だから待ってあげて」
「今のままで十分好きなのに」
「好きな相手には格好つけたいものでしょう?」
将棋なんてできても、格好いい、なんて思わないのに。
戦う姿だって見せようとしないくせに。
「今ある生活をすべて捨てるくらい、将棋って魅力的なんですか?」
これまでにないくらい、前郷さんは困った顔をした。
「俺たちにとってはそうかな。“魅力的”っていうだけではないけど」
頭では理解できても感覚的にわからない。
湊くんにとって大事なことが、私には大事ではないから。
「最初から言ってくれればよかったのに」
「『将棋したいから付き合えない』って言われたら納得してた?」
「しませんね」
「あはははは! 湊も大変だな」
前郷さんは身をよじって笑った。
「『プロになりたい』なんて夢物語だからね。簡単に口にはできないよ」
小学生、いや中学生までならば誰も笑わないけれど、三十男が夢を語るのは笑い話か軽蔑の対象。
現実味を帯びた今だからみんな応援するけれど、二年前なら状況は全然違っていたはずだ。
「『チャンスに備えて準備を怠るな』って言うけど、将棋のプロになるためのチャンスなんてないんだよ。チャンスの女神を引っ捕まえて、産毛もむしる気持ちで切り開くしかない。元奨励会員だって簡単にできることじゃないんだ。それがようやく現実的に口に出せるようになった。絶対叶えてほしい」