gift
△10手 his left
日本中クリスマスムード一色で、葉を落とした木にも、枝に添うようにイルミネーションが取りつけられている。
これまで一緒にクリスマスを過ごしたことはなかったけれど、「イブの予定は?」と聞いて、「俺にクリスマスはない」と返されると、「よしよし、女の影はないな」と安心したものだった。
そんな和の要素の入る隙さえなさそうな十二月半ばに、湊くんは編入試験の第三局に臨んでいる。
試験は、東京の将棋会館と関西将棋会館の二カ所で行われる。
湊くんの場合、第一局と第二局が関西将棋会館、第三局から五局までが東京の将棋会館と決まった。
試験はひと月に一回。
棋士番号の大きい順、つまり直近で四段に昇段した若手の順に五人が試験官となり、持ち時間一人三時間で対局する。
第一局 新田 秀幸(25)
第二局 松 輝馬(21)
第三局 浅井 健吾(18)
第四局 佐倉 和志(24)
第五局 西牟田 周(20)
以上が、ど素人である私にわかったこと。
将棋連盟からも正式に発表があって、小さいけれど新聞にも記事が載ったから、さすがに社内でもちょっとした騒ぎになった。
「あやめさん、知ってました?」
将棋にも湊くんにも興味がない夏歩ちゃんは、チョコレートの包み紙を剥くついでに言った。
「一応」
「湊さん、プロ棋士になるんですか?」
「受かればそうなるね」
「それって職業なんですか?」
少し前まで同じような認識しかなかったから笑えない。
将棋のプロ棋士は職業です。
対局料や賞金をもらって生計を立てています。
ネットでどんなに調べたところで、見つかる情報には限界があって、すべてを知っているに違いない人物に、思い切って声をかけた。
「社長、おはようございます」
「はい、おはよー」
社長は馴染んだモップとくるくる踊るように、エントランス清掃をしている。
その意外に早い動きを追った。
「あの社長、湊くんのことなんですけど」
「湊くん?」
クルリとモップを回転させ、社長が手を止める。
「社長はご存じなんですよね?」
「編入試験のことだよね?」
「私将棋に詳しくなくて。その、湊くんは合格できるんでしょうか?」
僕も詳しくないよ、と言いながらも、社長は私のレベルに合わせて簡単に説明してくれた。
どうも第三局と第五局が厄介らしい。
「第五局までもつれるとプレッシャーかかるだろうから、第四局までで決めたいな。だけど第三局の浅井四段は厳しいね」
「強いんですか?」
「三段リーグを一期抜けしてる。将来タイトルを獲るのは間違いない」
「でもまだ四段ですよね?」
「プロ入りしたばかりだから四段ってだけで、すぐに七段くらいにはなると思うよ」