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湊くんのことは課内で周知の事実となり、「ケツが痒いから早退します」と言っても、何も言われなくなった。
気づけば年も改まり、いい加減新しい年にも慣れた一月下旬。
湊くんは第四局に臨んでいる。
今回もこれに勝てばプロ入り、だけどもし負ければ追い込まれてしまう。
ここまで社長の予想は当たっていて、それだけに今回勝たなければ、第五局では勝てないような気がしていた。
気持ちを強く持って臨んだ解説会は、棋士と女流棋士が初手から順番に説明してくれたけれど、こんなに真剣に聞いているのに、結局どっちが勝っているのかわからなかった。
早退の挨拶をしたとき、課長は言っていたのに。
『湊さん、今回は良さそうだよ』
『課長、何で知ってるんですか?』
『……さっき、トイレで中継見たから』
『上司のくせに大暴露しましたね』
『それくらいいいでしょ』
あれは何を根拠に「良さそう」だと思ったのだろう?
ずっと盤面が映されていた画面が切り替わって、ようやく見られた姿は見慣れた無表情。
前髪とメガネに隠されていても、落ち着いて集中できているのがわかる。
その様子を見て、私もなんだかホッとした。
課長が言っていたように、湊くんに勝利が迫っているように感じたから。
湊くんの左手が馬を掴み、スーッと相手陣に入った。
相手玉を近くに睨むそれは、あと一歩で首を落とせそうに思える。
「囲いを崩しに行きましたね。これを受け間違うと一気に詰みそうです」
「では、ここで次の一手を予想しましょうか」
会場では次に佐倉四段が指す手を予想して、四択問題形式で出題された。
回答がひと通り出揃うと、モニターに視線が集まる。そして、佐倉四段が湊くんの馬の近くに金を寄せた瞬間、空気が一変した。
「ビックリする手が出ましたね! なるほどー」
「会場では予想になかったということで、正解は『④その他』です」
会場のボルテージは上がるけど、私の中はどんどん冷えていった。
メガネにかかる前髪を払う湊くんの様子が、さっきまでと全然違うから。
湊くんは顎や唇に触れつつ悩んで、すーっと馬を引き返して歩を取った。
「んーーーー? その歩を取るなら数手前に取っていればよかったと思うんですけどね」
途端に棋士が顔を曇らせて考え込む。
「一手遅れた感じでしょうか?」
「これは緩手じゃないかな? ここは攻めを繋いでいかないといけないですよね」
“かんしゅ”という言葉の意味はわからないけど、雰囲気から湊くんがミスをしたのだとわかった。
湊くんは盤を見つめながら小さく首をかしげ、額に手を当てて悩んでいる。