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「解説会、来てくれたでしょ?」
「何で知ってるの?」
「知らなかったけど、そうじゃないかと思って」
湊くんは口角を上げて自嘲気味に笑う。
「格好悪いとこ見せちゃった」
信号が青になって、湊くんが先に歩き出す。
「……格好良かったよ」
「ありがとう」
本心で言ったのに、湊くんが信じていないのは明らかだった。
本当に見惚れたし、悩んで苦しんでそれでも自分で負けを認める姿は格好良かった。
悔しくて悲しい気持ちの中でさえ、この人が好きだと思った。
だけど、本心からの言葉でさえ、伝わらないことがある。
何も言えずに俯いて、横断歩道の白いラインだけを見ながら歩いたら、渡り切った先で待っていた湊くんが、そっと私の右手を握った。
私を拒み続けた左手が、初めて私に伸ばされた瞬間だった。
「次の対局、来てほしい」
「応援はしないよ」
「ケチ」
「だって私は、今のままの湊くんで十分満足してるんだもん」
「無職だよ?」
「家事全部やってくれるなら養ってあげてもいい」
「給料知ってるけど、生活ギリギリじゃない?」
「だからお小遣いは月千円でいいよね」
「中学生でももっと貰ってるよ」
行き交う電車やたくさんの店で明るい駅が見えて、その明かりが届かない位置で湊くんが足を止めた。
「次、勝てたら━━━━━」
「やだ!」
言葉を遮って腕を引き、正面から湊くんを見上げる。
私は湊くんと違って勝負師ではない。
対局なんて曖昧なものに、人生は賭けない。
「『勝っても負けても』!」
人生を賭けるなら、将棋ではなく湊くんに賭ける。
それならどんな結果になっても負けはない。
湊くんは何も言わず、握る手の力を強めた。
私の右手と湊くんの左手。
利き手同士を繋ぐってなんだかいいな、と思った。
大事なものを預け合っているみたいで。
長いこと外にいたせいか、年中冷え性の私よりも冷たい手だった。
神様に選ばれなくても、平凡だとしても、私には唯一無二の大切な手。
勝っても負けても、湊くんの左側はもうすぐ私の場所になる。