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結局、湊くんが肉を食べていたかどうかは覚えていない。
焼き加減にこだわる岩本さんが、ベストのタイミングで箸を伸ばす直前で、その肉をかっさらうことに心血を注いでいたからだ。

「ああああああ! また、今井さーん」

「ほらほら、岩本さんにはこっちのタマネギあげますから」

「タマネギきらーい」

「ピーマンは?」

「もっときらーい」

「じゃあキャベツ」

「……キャベツなら、なんとか」

キャベツをおかずに、岩本さんがご飯(大)を三杯おかわりしたことはよーく覚えている。

「竹林さんも今井さんも、自分で焼けばいいのに」

「他人の肉は蜜の味なんですよ。はい、美里さん」

「ありがとう~! うん、蜜の味! ほら、あやめちゃんも食べて」

「すみません、いただきまーす」

「ああ、また! 俺の肉!」

先輩の肉を遠慮なく頬張りながら改めて見回すと、平日だからか周りはおじさんばっかりだった。
私たちの課も、私と美里さん以外の女性はお子さんがいるため参加していないし、店全体が濁ったグレーがかって見える。

「はあー、ロマンスの欠片もないですね」

「あやめちゃんには必要ないでしょ」

「えへへ、そうなんですけどね」

営業部の根津(ねづ)拓真(たくま)さんと付き合い始めたのは、この少し前のこと。
顔はいいし、背は高いし、オシャレに気を使ってるし、ケチじゃないし、素敵なお店は知ってるし、文句のつけようがない。
何より社内でこっそりキスしたり抱き合ったり、社内恋愛の醍醐味を存分に味わっている真っ最中だったのだ。
ちょーっと仕事が忙し過ぎて会える時間が少ないけれど、私だって自分の時間が欲しいので、あまり気にしていない。

「結婚しない人生もあるはずなのに、うちの課はほとんど既婚よね」

美里さんの言葉を受けて、うちの課の独身を確認してみると五人だけだった。
私、美里さん、湊くん、岩本さん、そして我が社を代表できるほどの麗しいお顔の滝島(たきしま)課長。
滝島課長は三十代後半にして課長という役職に就いているエリートなのだけど、さらに十歳くらい若く見える。
整った顔立ちに、トレーニングを欠かさない引き締まった体躯。
高い身長をスッと伸ばしたお姿だけでデキル男感たっぷり。
上層部はもちろん、老若男女問わず人望も厚い。
新入社員の女の子なら、一度は必ずそのご尊顔を拝しにやってくるほどのハイスペックイケメンだ。
……但し、正面から見た場合に限る。
ポウーッと見惚れる新入社員の女の子に気づいているのかいないのか、課長は後ろのキャビネットからファイルを取り出すため、イスをクルリと回転させる。
座ったままのその姿勢は、課内全域に課長の後頭部がよく見える。
妙に色の薄い頭頂部までくっきり。
新入社員の女の子が絶句し、フラフラと去っていく後ろ姿を見ると、他の社員たちは「ああ、春だねぇ」と四季の移ろいを感じるのだった。

ピカピカにハゲている(あ、ハゲって言っちゃった)わけではなくて、「こんな堅いアスファルトにもタンポポは力強く咲いているのね……」という感じで、粘っている毛髪たちは存在する。
けれど、毛根と毛根との距離は、山奥の民家のように遠い。
課長が独身なのは、ひとえにアレのせいだと全員が確信していた。
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