gift
手持ち無沙汰で機械的に砂糖とミルクを放り込みながら、その言葉をどう受け止めたらいいのか困っていた。
『勝てそうなんですか?』
『いつになったら状況がわかるんですか?』
『どうしたら勝てるんですか?』
無茶苦茶だとわかる質問をぶつけたかったけれど、自重する分別くらいは残っている。
「心配ですよね?」
飲みたくもないコーヒーを無理矢理口に含む私に、折笠さんはスマホに視線を落としたまま尋ねる。
「湊くんなら勝てる、って信じられるほど、将棋に詳しくありませんから」
本来好きな人のことなら、絶対大丈夫だよ! って信じてあげるべきなのだろう。
だけど私はそんな楽観的になれない。
今日負けたら、前回の敗戦以上の傷を湊くんは負うのだから。
もちろん、勝とうが負けようが私の気持ちは変わらない。
だからって、湊くんが傷つくのを平気で見られるほど、割り切れてなんかいない。
「詳しくたって、どうなるかなんてわからないですよ」
「そうなんですか?」
「わからないから面白いんじゃないですか」
当然のようにカラカラと笑う折笠さんは本当に楽しそうで、胃を痛めている私を笑われているような気がした。
「他人事だと楽しめるんでしょうけど」
嫌味を言ったつもりなのに、まったく響いた気がしない。
事実、響いていなかった。
「自分のことでもそうですよ。ギャンブルが嫌いな棋士の方が少ないんじゃないかな?」
「人生かけたギャンブルでも?」
「リスクは高い方が面白いでしょう?」
ミルクだけを落としたコーヒーをおいしそうに飲む姿は大真面目で、嘘や冗談を言っている気配は感じられない。
「じゃあ、湊くんにとって、会社でちまちま働いてた生活は不本意だったんですね」
堂々とミスをして怒られていた湊くんも、どんどんスキルを上げて頼もしくなっていった湊くんも、共有していた時間すべて、私にとっては大切なものだ。
湊くんにとって、望む場所ではなかったとしても。
「ただ一途に将棋だけを求めた方がいいのか、他の経験も積んだ方がいいのか。そこは棋士でも意見の別れるところです」
「私にはもっとわかりません」
コーヒーシュガーの袋を小さく折り畳みながら言うと、ははっと笑って説明してくれた。
「奨励会退会もサラリーマン生活も、湊の望むものではなかったでしょうけど、今は楽しそうに将棋指してるからいいんじゃないですか。三段リーグは苦しいだけだったから」
「プロになれたら楽しめるんですか?」
「俺たち自身は楽しくなくても、見ている人が楽しめる将棋を指すのがプロですから」
勝つことと、そのために身を削ることを求められるのがプロ。
楽しむだけでは、プロにはなれないのかもしれない。
でも、楽しいならそこにいればいいのに、どうしてわざわざ楽しくないところに向かおうとするのだろう。
「そんなにプロになりたいものですか? アマチュアでも将棋は指せるのに」
「業みたいなものでしょうか」
「業?」
「単純に強い人と指したいんです。単純にもっと強くなりたい。目指せるなら頂点を目指すのは、自然なことでしょう?」
『勝てそうなんですか?』
『いつになったら状況がわかるんですか?』
『どうしたら勝てるんですか?』
無茶苦茶だとわかる質問をぶつけたかったけれど、自重する分別くらいは残っている。
「心配ですよね?」
飲みたくもないコーヒーを無理矢理口に含む私に、折笠さんはスマホに視線を落としたまま尋ねる。
「湊くんなら勝てる、って信じられるほど、将棋に詳しくありませんから」
本来好きな人のことなら、絶対大丈夫だよ! って信じてあげるべきなのだろう。
だけど私はそんな楽観的になれない。
今日負けたら、前回の敗戦以上の傷を湊くんは負うのだから。
もちろん、勝とうが負けようが私の気持ちは変わらない。
だからって、湊くんが傷つくのを平気で見られるほど、割り切れてなんかいない。
「詳しくたって、どうなるかなんてわからないですよ」
「そうなんですか?」
「わからないから面白いんじゃないですか」
当然のようにカラカラと笑う折笠さんは本当に楽しそうで、胃を痛めている私を笑われているような気がした。
「他人事だと楽しめるんでしょうけど」
嫌味を言ったつもりなのに、まったく響いた気がしない。
事実、響いていなかった。
「自分のことでもそうですよ。ギャンブルが嫌いな棋士の方が少ないんじゃないかな?」
「人生かけたギャンブルでも?」
「リスクは高い方が面白いでしょう?」
ミルクだけを落としたコーヒーをおいしそうに飲む姿は大真面目で、嘘や冗談を言っている気配は感じられない。
「じゃあ、湊くんにとって、会社でちまちま働いてた生活は不本意だったんですね」
堂々とミスをして怒られていた湊くんも、どんどんスキルを上げて頼もしくなっていった湊くんも、共有していた時間すべて、私にとっては大切なものだ。
湊くんにとって、望む場所ではなかったとしても。
「ただ一途に将棋だけを求めた方がいいのか、他の経験も積んだ方がいいのか。そこは棋士でも意見の別れるところです」
「私にはもっとわかりません」
コーヒーシュガーの袋を小さく折り畳みながら言うと、ははっと笑って説明してくれた。
「奨励会退会もサラリーマン生活も、湊の望むものではなかったでしょうけど、今は楽しそうに将棋指してるからいいんじゃないですか。三段リーグは苦しいだけだったから」
「プロになれたら楽しめるんですか?」
「俺たち自身は楽しくなくても、見ている人が楽しめる将棋を指すのがプロですから」
勝つことと、そのために身を削ることを求められるのがプロ。
楽しむだけでは、プロにはなれないのかもしれない。
でも、楽しいならそこにいればいいのに、どうしてわざわざ楽しくないところに向かおうとするのだろう。
「そんなにプロになりたいものですか? アマチュアでも将棋は指せるのに」
「業みたいなものでしょうか」
「業?」
「単純に強い人と指したいんです。単純にもっと強くなりたい。目指せるなら頂点を目指すのは、自然なことでしょう?」