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楽に勝てる方が楽しいんじゃないかと思うのは、私が何の能力も持っていないからかもしれない。
スポーツでも何でも、トップにいる人は凡人にはとてもできないような努力をしているけれど、それは高みに指がかかっているからできるのだと思う。
頂上なんて霞んで見えないような下から同じ努力はできないし、そこを目指そうという人の気持ちは理解できない。

「やっぱり、私にできることは何もないんでしょうか」

「まあ、ないですね」

お世辞や気遣いを求めているつもりはないけれど、こうも一刀両断されると少し驚いた。

「別にあなただけじゃない。応援というものを否定する言い方になりますけど、盤の前に座ってしまえば頼れるのは自分だけです。すべてを背負いながら、同時にそのすべてを放り出して目の前の一手に集中できるか。試されているのは棋力だけじゃない」

食べますか? と皿ごとポテトを差し出されたけど、首を振って断った。

湊くんは湊くんの全部で戦っている。
ということは、湊くんの全部を試されているのだ。

またスマホを確認して、ぼんやりしたようにハンバーガーを噛む。
そんなに考えながら食べて、味なんてわかるのかな。

「どっちを応援してるんですか?」

湊くんと知り合いでも、プロ棋士だって仲間だろうし。
ここまでの会話で、彼がどちらの味方なのか判断できない。

「湊を応援してますよ」

私を安心させるように少しだけ微笑んだ。
けれどその微笑みのまま、全く反対のことも彼は告げた。

「でもプロが勝てばいいとも思ってます。仕事の合間に指しているアマチュアに、負けて欲しくはないですね」

ああ、奨励会を抜けてきた人の言葉だな、と思った。
プロでなければ人ではない。
将棋のプロになれなければ、時計屋でもバイオリニストでも総理大臣でも何でも一緒。
彼らにとってアマチュアは、どんなに強くても負けた者の流れる先なのだ。
湊くんの友人である気持ちと、プロとしてのプライド。
矛盾するようでいて、それが自然に同居している。
湊くんを応援していても、もし彼が試験官ならきっちりねじ伏せるに違いない。
人間関係と対局を、まったく別物として捉える気構えがなくては、プロ棋士は務まらないんだろうな。

「さて、行きましょうか」

いつの間にかポテトもコーヒーもすべて平らげていた折笠さんは、席を立って私を促した。
スマホや財布をバッグの中にしまって肩にかける。
それをぼんやり見上げるだけの私をするどく見下ろした。

「あなたは何もできないし、しなくていい。ただ存在していればいいんです。勝った時、『勝った』と言える相手として」

それでも動かない私に、折笠さんはやさしい声色のまま言い放った。

「湊と一緒にいるなら、こんなことは今後もあると思います。いちいち逃げていられないでしょう」

プロ棋士は、隣に立つ人間にも容赦がない。

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