gift
「秒読みしようか? 50秒ー」
「え! いきなり50秒?」
「1、2、3、4、5、6、7、8、きゅーーーーーーーーう!」
湊くんがふっと俯く。
普段は前髪とメガネで顔が見えなくなるところだけど、距離が0の今ならむしろよく見える。
あの繊細に動く左手が、少し乱暴に私の頭を引き寄せた。
衝突するように重なった唇は、あの夜から続いていたように深かった。
乾いていた唇が溶けるように潤っていく。
髪の手触りを味わう余裕なんてない。
湊くんの中に残るアルコールだけで、酔ってしまいそうだったから。
「━━━━━最初のキスのこと、覚えてる?」
湊くんは思い出すように天を仰ぐ。
「忘れようとしても忘れられなかった」
「二回目まで長かったなぁ」
湊くんを追いかけた、この数年間が走馬燈のように駆け巡る。
「俺、これからもずっと、必死に将棋に食らいついて生きていく。だけど、それでもナンバーワンにはなれないかもしれない。悪くすれば十年後には無職。そういうの全部、覚悟してくれる?」
覚悟なんて大層なことはできない。
湊くんなら昇級できるって信じているわけでもない。
ただ、この手を離さない自信だけはある。
「湊くんひとりくらいなら何とかなるって。その代わり家事はやってね」
「それ、この前も言ってたけど、ほとんどプロポーズだってわかってる?」
「何でもいいよ。湊くんが一緒にいてくれるなら」
「人生の一大事なんだから、もう少し頭使った方がいいよ」
「頭使ってる人間なら、こんなに何年も待ってないよ!」
終盤に入ったとき、盤の上を見つめる湊くんの眼球がクルクルとすごいスピードで動いていた。
あの早さで駒の動きを考えて、詰みの手順を読んでいるのだとしたら、棋士の脳は消耗して、少しずつ減っていっているに違いない。