gift
棋士集団の二列前には、会社の仲間も来ている。
フード付きタオルとサングラスで不審者めいているのは、夏歩ちゃん。
汗で濡れそぼる岩本さんと、将棋ファンの時任さんと一緒に来てくれた。
練習風景を見ながらあれこれ談笑している夏歩ちゃんと岩本さんに対して、時任さんは顔を紅潮させて、背後の一団を眺めている。
湊くんのことなんて、すっかり忘れていそうだ。
相手チームの練習が終わると、ホームチームの選手がコールされて、それぞれのポジションについていく。
観客席にサインボールを三個投げ込むのが恒例らしい。
『二番、セカンド、藤澤。背番号7』
「ここー!ここに投げてー!!ここー!!!」
藤澤さんの名前がコールされると、柑奈さんは立ち上がり、ピンポイントで自分の手のひらに投げるように呼び掛ける。
その声が聞こえているのかいないのか、藤澤さんはまったく別の方向にボールを投げて、一二塁間へ走って行った。
「旦那さんのサインボール、欲しいですか?」
「欲しいです!!」
「えー、家で千個でも二千個でも書いてもらえばいいじゃないですか。私、湊くんの揮毫なんていらないですよ」
「私、なんてったって元ファンなので!!」
そんなものか、とアイスティーを飲んだとき、湊くんの名前がアナウンスされた。
「あ! 羽織だ!」
始球式は、私服の上にユニフォームを着て投げることも多いと動画でチェックして、湊くんは新調したシャツとパンツで球場入りした。
しかし、ユニフォームと同じ縦縞に、スポンサーの名前が入った派手な羽織袴を着ている。
断れなかった、と縮み上がった背中が物語っている。
「あはは! 湊さーーん! かっこいーー!!」
夏歩ちゃんの辛辣な歓声が飛ぶ。
「前郷さん! 写真! 写真撮って! いっぱい撮って! いいやつ年賀状に使うから!」
「撮ってるから、叩かないで! ブレる!」
スタンドから発するプレッシャーを誰より感じているので、頑なにこちらは見ない。
「湊くーーーん! がんばれーーー!! ホームラーン!」
「あやめさん、違う違う〜。湊さんは投げるほう。打つほうじゃないですよ」
「あ、そっか。湊くーーーん! 160キロ出せーー!!」
マウンドで震える湊くんに、藤澤さんが駆け寄って何か言っている。
笑顔で話し掛けてくれているのに、湊くんはさらに恐縮してしまう。
「『ミスったら殺す』」
藤澤さんの声は覚えていないので、低めにドスを効かせてアテレコした。
「ふふふ、それ言ってたら面白いですね! でもたぶん、楽しんで投げてください……みたいなことを言ってると思います」
柑奈さんは笑って藤澤さんに手を振る。
励まされたとて、とても楽しむ余裕なんてない湊くんは、対局のときよりカチカチになっていた。
『それではお願いいたします!』
アナウンスにビクッと震えて、湊くんはボールを構えた。
やさしく暮れた空は黄色みを帯びている。
緊張しているくせに存外思い切りよく腕は振れて、羽織の袖が翻った。
バッターがゆっくりとスイングする。
キャッチャーはミットを動かしたけれど、大きくそれることなく、山なりのボールがそこに収まった。
球場はあたたかい拍手に包まれ、ホッとした湊くんはマウンドにしゃがみこむ。
「いいぞー! 湊くーーーん! そのまま野球でもプロ編入してしまえ!」
自分が乱した土を手のひらでならしてから、キャッチャーとバッターに向かってお辞儀して、それからピッチャーと握手を交わす。
そこに藤澤さんも走ってきてくれて、何度も頭を下げながら握手をして退場した。
フード付きタオルとサングラスで不審者めいているのは、夏歩ちゃん。
汗で濡れそぼる岩本さんと、将棋ファンの時任さんと一緒に来てくれた。
練習風景を見ながらあれこれ談笑している夏歩ちゃんと岩本さんに対して、時任さんは顔を紅潮させて、背後の一団を眺めている。
湊くんのことなんて、すっかり忘れていそうだ。
相手チームの練習が終わると、ホームチームの選手がコールされて、それぞれのポジションについていく。
観客席にサインボールを三個投げ込むのが恒例らしい。
『二番、セカンド、藤澤。背番号7』
「ここー!ここに投げてー!!ここー!!!」
藤澤さんの名前がコールされると、柑奈さんは立ち上がり、ピンポイントで自分の手のひらに投げるように呼び掛ける。
その声が聞こえているのかいないのか、藤澤さんはまったく別の方向にボールを投げて、一二塁間へ走って行った。
「旦那さんのサインボール、欲しいですか?」
「欲しいです!!」
「えー、家で千個でも二千個でも書いてもらえばいいじゃないですか。私、湊くんの揮毫なんていらないですよ」
「私、なんてったって元ファンなので!!」
そんなものか、とアイスティーを飲んだとき、湊くんの名前がアナウンスされた。
「あ! 羽織だ!」
始球式は、私服の上にユニフォームを着て投げることも多いと動画でチェックして、湊くんは新調したシャツとパンツで球場入りした。
しかし、ユニフォームと同じ縦縞に、スポンサーの名前が入った派手な羽織袴を着ている。
断れなかった、と縮み上がった背中が物語っている。
「あはは! 湊さーーん! かっこいーー!!」
夏歩ちゃんの辛辣な歓声が飛ぶ。
「前郷さん! 写真! 写真撮って! いっぱい撮って! いいやつ年賀状に使うから!」
「撮ってるから、叩かないで! ブレる!」
スタンドから発するプレッシャーを誰より感じているので、頑なにこちらは見ない。
「湊くーーーん! がんばれーーー!! ホームラーン!」
「あやめさん、違う違う〜。湊さんは投げるほう。打つほうじゃないですよ」
「あ、そっか。湊くーーーん! 160キロ出せーー!!」
マウンドで震える湊くんに、藤澤さんが駆け寄って何か言っている。
笑顔で話し掛けてくれているのに、湊くんはさらに恐縮してしまう。
「『ミスったら殺す』」
藤澤さんの声は覚えていないので、低めにドスを効かせてアテレコした。
「ふふふ、それ言ってたら面白いですね! でもたぶん、楽しんで投げてください……みたいなことを言ってると思います」
柑奈さんは笑って藤澤さんに手を振る。
励まされたとて、とても楽しむ余裕なんてない湊くんは、対局のときよりカチカチになっていた。
『それではお願いいたします!』
アナウンスにビクッと震えて、湊くんはボールを構えた。
やさしく暮れた空は黄色みを帯びている。
緊張しているくせに存外思い切りよく腕は振れて、羽織の袖が翻った。
バッターがゆっくりとスイングする。
キャッチャーはミットを動かしたけれど、大きくそれることなく、山なりのボールがそこに収まった。
球場はあたたかい拍手に包まれ、ホッとした湊くんはマウンドにしゃがみこむ。
「いいぞー! 湊くーーーん! そのまま野球でもプロ編入してしまえ!」
自分が乱した土を手のひらでならしてから、キャッチャーとバッターに向かってお辞儀して、それからピッチャーと握手を交わす。
そこに藤澤さんも走ってきてくれて、何度も頭を下げながら握手をして退場した。