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「終わっちゃった。湊くんの羽織姿」

棋士であっても、和服を着る機会はほとんどない。
タイトル戦に出られる棋士はほんのひと握りで、和服なんて持っていないという棋士も多い。
結婚式もしなかった湊くんは、もう二度と羽織に袖を通すことはないのかもしれない。

「次に和服着るのは、死んだときかな」

「あやめさん、湊だって普通にタイトル目指してるよ。もっと応援してあげなって」

残念ながら、試合は3対2で相手チームが勝った。
しかし、藤澤さんの守備は絶好調で、素人の私でもわかるようなスーパープレーを連発。

あるときは、ピッチャーが弾いたボールをダイビングキャッチ。
顔を地面に向けたまま、頭越しに一塁に送球してアウト。

「野球というより、曲芸ですね」

「いえ、あれはファインプレーと呼びます!」

「湊くんが真似して、スウェットに穴開けたら困るから、藤澤さんには服が擦れないプレーを心がけてほしい」

「あぁ……それは……旭くんには言えない……。基本打球は体の正面でとるのがモットーなので、たぶん本人が一番悔やんでます、ダイビングキャッチ。不本意だと思います……」

「野球選手も意外と面倒くさいんですねぇ」

またあるときは、ライトへの強打を、グラブで叩き返すように送球してアウト。

「藤澤さんって、卓球も上手そうですね」

「卓球かあ! やってるところ見たことないかも!……確かに今の動き、卓球のスマッシュみたい」

実はわかりにくいファインプレーも量産していたそうで、柑奈さんは興奮して説明してくれたけれど、全然わからなかった。
いずれにせよ、打撃こそ振るわなかったものの、存在感はしっかり見せつけて、スタンドは盛り上がった。

「藤澤さん、湊くんにライバル心燃やしちゃったな! 湊くんの活躍がすっかり霞んじゃったよ」

「そ、そんなことは……通常運転だと思いますけど……」

「今度、将棋で勝負しましょう! 多分勝てるから!」

見兼ねた前郷さんがため息をつく。

「あやめさん、そこは『絶対勝つ』って言ってあげてよ。湊かわいそー」
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