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柑奈さんを通して、サインをお願いしたところ、藤澤さんは快く応じてくれたらしい。
湊くんは藤澤さんのサインはもちろん、チームメイトのサインまで大量に持って帰ってきた。
居酒屋の座敷では、感激にむせび泣く人までいた。
気を使った柑奈さんが、湊くんに「サインください」なんて言ってくれるものだから、藤澤さんが到着するまでの間、居酒屋は揮毫大会となっている。
「あ、ちょっと曲がった……」
「俺は名前先に書く派」
「落款ないけどいいのー?」
「有坂さん、意外と字きれい! うちの子の命名書も書いてください」
「いいけど、だったら俺が名前つけていいんですよね?……冗談ですって! 湊さん、こわーい」
「揮毫かぶるのいやだな。違うのにしようっと」
「え! 俺も書くの?」
「誰か、恋愛格言書いてくださーい」
「『さわ』ってどっち? 『沢』? 『澤』?」
「それよりあやめさん、『塁』の字違う!」
「あ、本当だ。でももう書いちゃった。いいや、このままで」
絶対いらないと思われる色紙の山を、試合で疲れているはずの藤澤さんに押し付けた。
「今即席で書いたものだけど、将棋ファンに売り付ければ、まとめて千円くらいにはなりますから」
「今井さん! 千円なんて安すぎる! ゴミみたいなのもあるけど、本当にヤバいやつも混ざってるから!」
時任さんの必死の訴えに、藤澤さんは笑顔でうなずいた。
「ありがとうございます」
藤澤さんは真剣な面持ちで色紙をめくっていたが、次第にそのポーカーフェイスは綻び、最後には崩れ落ちた。
それを見ていた湊くんが、日本酒の上にため息を落とす。
「さっき、藤澤さんに『いろいろと気苦労は絶えないかと思いますが、気をしっかり……!』って言われた」
「へえ、湊くん、気苦労なんてしてるの?」
湊くんは横目で私を見てから、日本酒を飲み干した。
グラスを置いて、床に下ろした左手の小指が、私の右手の小指にそっと触れる。
「もう背中と一体化してる荷物だから」
夏歩ちゃんは師匠にワインをすすめ、藤澤さんは岩本さんから肉をもらっている。
柑奈さんは女流棋士たちと、千駄ヶ谷の人気カフェの話題で盛り上がっていて、真っ赤な顔で微笑む市川竜王と一緒に、時任さんがモジモジと写真を撮っている。
「湊くん」
「ん?」
「この子の名前さ、『荷物』の『にも』ってどうかな?」
「絶対ダメ」